
<専門家2人による往復書簡 Connecting the dots 記事一覧>※クリックで開きます
山下さんへ
山下さん、第1回の書簡をありがとうございます。同じ「ゆうすけ」として(それではない、と釘を刺されましたが)、バトンを受け取りました。
読み進めるうちに、この一文で手が止まりました。「かつて、私はその居心地の悪さの中心にいました」。熱のある場で、ふと感じる薄ら寒さ。その感覚には覚えがあります。
10月19日に、『野蛮なアジャイル』(翔泳社)という本を出しました。サイボウズで過ごした16年間、とくにスクラムで組織を変えようともがいた日々を書いた実践記なのですが、最後の章は組織の外での活動、コミュニティの話です。そこに私も「居心地の悪さ」という言葉を書いていました。ただ、山下さんの書簡と並べてみると、同じ表現でも向きが少し違うようです。今回はその違いを入り口に、私が場に誘われた背景をお話しします。
「何を得たんだろう」と数えていた頃
私が社外のコミュニティに出始めたのは、2017年の初めです。社内でスクラムを始めたばかりで、アジャイル関連の知り合いはひとりもいませんでした。誰でも参加できる無料の勉強会で、5分のLTをしました。会場はある企業のオフィスで、参加者は20人ほど。自分の声が微かに震えているのがわかりました。ところが話し終えると、数人が私のところへ歩み寄ってきてくれたんです。壁の向こうに、同じことで悩んでいる人がこんなにいるのか。そう驚いたのを覚えています。
温かくコミュニティに迎えられ、そこから登壇や発信を続けるうちに、いつしか「知見を提供する側」に回ることが増えていきました。けれど正直に告白すると、それから5年ほど、私はずっとコミュニティが苦手でした。
初めて顔を出したコミュニティの懇親会では、気づけば私が講師役になって、参加者からの質問に次々と答えていました。帰り道に残ったのは、なんとも言えない虚しさです。「今日は与えてばかりだったな」「自分は何を得たんだろう」。表では笑顔で答えながら、内心ではギブとテイクの収支を数えていたんですね。初心者の拙い進行に苛立ち、答えの出た議論が繰り返されることに不毛さを感じてもいました。あるとき参加者のひとりから「天野さんてすごいけど、とっつきづらい人だと思ってました」と言われて、ようやく自分の態度に気づきました。
山下さんは居心地の悪さを、場というシステムに潜む不具合として、同時に新しい関係性が生まれる兆しとして書いていました。私が本に書いた居心地の悪さは、私自身の中から生まれていたものです。場でのやり取りを、いちいち精算しようとする癖。周りの人から見れば、私のほうが居心地の悪さを場に持ち込んでいたのかもしれません。
立ち止まって見えたもの
変わるきっかけは、場の中ではなく外にありました。コロナ禍で複業の案件がほぼなくなり、時間が突然ぽっかり空いたのです。社会人になって10年あまり、走り続けてきた私が初めて、何も生み出さない日々を過ごしました。最初の数週間は落ち着かず、苦痛ですらありました。
それでも止まっているうちに、当たり前のことに気づきます。私の知識も経験も、誰かから受け取ったものばかりでした。LTのあとに参考になる本を教えてくれた先輩。反対しながらもスクラムに付き合ってくれた同僚。自分ひとりで完結したものは、どこにもありません。与えてばかりどころか、とっくに受け取りすぎていたわけです。
山下さんは、違和感を乗り越えるために「その場に止まる」あり方を書いていましたね。私の場合は、場から離れて独りになり立ち止まったことで、あの居心地の悪さの意味がようやくわかりました。止まる場所は違っても、急いで答えを出さずに違和感と付き合うという点では、似たことをしていたのかもしれません。
仙台で、場をつくる側に回る
2021年に東京から仙台へ移住しました。翌年1月、Regional Scrum Gathering Tokyo(RSGT)の懇親会で、各地のスクラムフェスを運営するメンバーに囲まれて、「仙台でもやりたいんですよね」と口を滑らせたのが始まりです。周りの「やればいいじゃん」に押されて、気づけば立ち上がって「やります!」と宣言していました。その夜のうちに、仙台のコワーキングスペースから会場協賛の申し出が届きます。囃し立てた経験者たちは実行委員会に加わり、手を動かして支えてくれました。
運営に回ってから、あれほど抱えていた苦手意識はいつの間にか消えていました。場から何を持ち帰れるかより、場に何を差し出せるかを考えるようになったからだと思います。
【連載】専門家2人の往復書簡 Connecting the dots 記事一覧
- 【第1回】AI時代に、「場」を通してつながる①~関係性で生じる「違和感」と、場をつくるという手段~│専門家2人による往復書簡
- 【第2回】AI時代に、「場」を通してつながる②~収支を数えるのをやめたとき、場が見えてきた~│専門家2人による往復書簡
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