こんにちは、QAコンサルタントのツマミです。
唐突過ぎますが私ツマミ、JIS(日本産業規格:Japanese Industrial Standards)が大好きです。
お客様のプロダクト品質やプロセス品質の課題に対して何か基準は無いか、定義や分類法は無いかと探ると何かしらのJISに行き当たるのは本当にすごいことだと思います。そんなJISのいずれかの制定に絡んでいればもっと学術的な話や裏話の一つもできたかもしれませんが、そこはあくまで利用者側のツマミ、JISの一つひとつを道に例えて、こんなことが(書いて)あったよ、こんなことを見つけたよといったことをお気楽な道行のごとく書き連ねて参りたいと思います。
さて、初めてのさんぽはJIS Z 8520:2022「人間工学-人とシステムとのインタラクション-インタラクションの原則」。ゆるゆると楽しんでまいりたいと思います。
どうぞ皆さま、ちょっとした気分転換としてこのJISさんぽにお気楽にお付き合いの程、よしなに願い奉ります。
今回のJIS
JIS Z 8520:2022「人間工学-人とシステムとのインタラクション-インタラクションの原則」とは
この規格はツマミがAGESTで担当している「UI/UX向上支援サービス」と深いかかわりがあります。表題にあるように、人とシステム(サービスであったり、プロダクトであったり)との間でのやりとり(インタラクション)がどうあればよいかについて、原則が具体的かつ豊富な事例を添えてまとめられています。
インタラクション(Interaction):相互作用,相互の影響
Weblio英和辞典
なぜ、このJISを選んだのか
「新しくて」「例が豊富で」「カテゴリ分類が手ごろ」と三拍子揃っているので、ユーザビリティを評価する際に使いやすい点が「UIやUXを検討しよう」という方にとって役立つと思ったからです。
「新しい」本JISは改訂が2022年です。一つ前の版でも2008年改訂なので新しい見解が盛り込まれていることが期待できます。
「例が豊富」後で詳しく述べたいと思いますがなんと141もの例が示されています。
「カテゴリ分類が手ごろ」レーダーチャートにした時に形の違いが分かりやすい7カテゴリという所が買いだと思っています。
道行
まえがき、序文
まえがきは8行。前半で「一般社団法人人間工学会」と「一般財団法人日本規格協会」が原案を出したと記載されています。それとJIS Z 8520:2008からの改訂であること。後半4行で示されている「この規格が著作権法で保護対象になっている云々」は重要なことですがどのJISでも記載されているはずなので、実質前半の4行がこの規格の前書きといってよいですよね。
あっさりしたまえがきと本文における豊富な例との対比にちょっとグッと来てしまいます。
1章 適用範囲
「安全を重視するシステム、共同作業、人工知能などの一部の応用技術には適用しない」ものの、それ以外の全てのインタラクティブシステムに適用可能と書いてあることからも分かるとおり、かなり適用範囲の広い規格です。
また、対象(利用者)も要求仕様に関係するエンジニアやUI関係の設計者、評価者だけでなく使いやすい製品を調達しようとする購入担当者も使えるということが書いてあります。
確かに、インタラクティブシステムを使いやすくしようと思う方や、使いやすさを何らかの形で評価する方に使っていただきたい規格です。
2章 引用規格
「この規格には、引用規格は無い」と記載されています。つまりこの規格単独で利用することが出来るわけで、本文の豊富な例も相まってUI/UX教育に使いやすいのではないでしょうか。
3章 用語及び定義
ここでは11の用語が定義されています。ツマミが特に着目したのは3.8項で定義されている「ユーザ」についてUI/UX評価での解釈を明確にするために、3.8A「ユーザエンゲージメント」を追加し、より詳細に定義されている点(この定義を含めると12個の用語が定義されていることになります)。
「エンゲージメント」は英語では一般用語だそうですが、日本語だと「婚約」の意味がまだ強く、ここで定義されている「インタラクティブシステムがユーザとシステムとのインタラクションの継続を促し、動機付けるような機能及び情報を提供すること」という意味はしっくりこないような気がします。
ただ、この「ユーザエンゲージメント」の考え方が盛り込まれていることによって、この規格がUX(ユーザエクスペリエンス)の設計や評価にも使えるようになっているので、わざわざ用語として定義されているのはこの規格の良い点の一つだと思っています。
その他、「アクセシビリティ」「利用状況」「ユーザビリティ」「ユーザエクスペリエンス」「ユーザインタフェース」などUI/UX教育で押さえておきたい用語が定義されています。
4章 インタラクションの原則
概要に7つの原則が記載されているのですが、ここに”7”という数字を持ってくることに「規定自体を分かりやすくしよう」という心意気を感じてしまうのはツマミだけでしょうか。
ここには7つの原則について概要が記載されており、また原則に含まれる主な推奨事項が表になっていますが、やはり概要だけで理解するのは少々厳しい。是非、5章の「原則及び推奨事項」を読んでいただきたいところです。
この4章の一番の読みどころは「推奨事項を一つしか適用しない場合,原則を完全に満たしたことにはならない」と「設計推奨事項を分類することよりも,それらの意味を理解して利用することの方が重要」のどちらかなのではと思います。学ぶ立場で読むと後者の「理解して利用することの方が重要」に目が行きがちですし、もちろん大切な考え方です。しかしながら前者が意味するところの「一つ適用できたからと言って改善できた!とはならない」というUI/UX改善時の注意点は、肝に銘じておきたいところです。
また、4章には、JIS Z 8530 で示される「人間中心設計」との関係が記載されていますが、ツマミには規定していることが違うということだけ伝わってきて、もう少しかみ砕いて記述されていると嬉しかったなぁと思ってしまいます。要は使いやすいインタラクティブな製品やサービスとはどういったものか、どのような特徴を備えているのかを示しているのがこのJIS8520、他方JIS8530は使いやすいインタラクティブな製品やサービスを作る際の作り方やプロセスがどうあればよいのかを示しているのだと理解しました。
5章 原則及び推奨事項
この章では7つの原則についての説明が記されています。
パッと見ると文章量に圧倒されそうになりますが、7つの原則それぞれが「原則(節題)-原則の説明ー注記-補則/細則ー補則/細則の説明-事例」という構成になっていることを予め知っておくと、とても理解しやすく記載されていることが分かります。
そのまま引用すると著作権に触れてしまいますから、例えば5.1節をツマミが理解した範囲でかみ砕きますと、まず節題として「5.1 ユーザーが行うタスクへの適合性」が記載されています。
続いて、この原則の説明が述べられます。5.1節の場合、「手段と目的を取り違えないように、手段が凄くなくてもユーザーが目的を達成できることが重要です」といったようなことが書かれているわけです。
そして、この説明に対して注記が記載されています。「達成する目的自体もユーザーニーズに沿ったものでないと駄目ですよ」「手段も奇をてらったものではなく、何がしたいかの本質に沿った手段を選びましょう」といった原則の説明をきちんと理解するためのアドバイスが注記として記載されている訳です。文章が延々と続くとつい本文だけ拾い読みしてしまいたくなりますが、是非、注記も読み込んで欲しいですし、その価値があります。
更に、原則をもう少し具体的にした補則、細則的な項目が述べられ、続く各項でこれらの補則、細則について詳しい説明と例が示されます。例えば5.1節の場合、3項目が挙げられていますが、3つ目の項目では「ユーザーが入力したり決定したりしやすいように予め適切な設定をしておきましょう」というようなことが書かれている訳です。そしてこの項目を実現するための推奨事項が複数点挙げられ、更に推奨事項を理解しやすくするために実施例がほぼ全項目2点以上挙げられています。
このように7つの原則が複数の項目に詳細化され、各々に例が複数示されるため、全部で141点もの例が掲載されるに至るわけです。
しかも、この例が工夫されていて、異なったインタラクティブシステムや別手段による対応策について述べられているので異なる観点から原則について考えることができます。推奨事項を「~は実現できているか?」といった形でチェック項目にし、例のいずれかを自分たちのサービスや製品に当てはめた書き方にするだけでかなり使えるチェックリストが出来ると思われます。
附属書A(参考) この規格の推奨事項を適用するためのチェックリスト
前項で「かなり使えるチェックリストが出来ると思われます」と書かせていただきましたが、なんと本JISにはすでに付録としてこのチェックリストがついています。それが「この規格の推奨事項を適用するためのチェックリスト」です。
このページをコピーするだけでチェックリストとして使えます。ただし、例は掲載されていません。ツマミとしては、例を是非ご自身のサービスや製品に適した事例に書き換えていただいてチェック項目に追加することをお勧めします。事例を考えることが自身の勉強にもなりますし、チェックリストを利用する方に対して適切な利用に関するハードルを下げる事にもつながります。
参考文献
本JISを策定するための参考文献となった33点の資料が並んでいます。もし、本JISに触れて更に色々と知りたいとなったならこれらの資料にも是非あたってみてください。
JIS Z 8530「人間工学-人とシステムとのインタラクション-インタラクティブシステムの人間中心設計」はいつかこのJISさんぽでも取り上げたいと考えております。
附属書JA(参考) JISと対応国際規格との対比表
本JISとISO9241-110:2020との対比が一覧表となっています。大きく2点が追加となっていて、1点目は「ユーザーエンゲージメント」、定義が追加されています。
2点目は「自己記述性」、分かりづらいから「インタラクティブシステムの自己記述性」としたと書いてあるのですが、まだわかりづらいかもしれません。
インタラクティブシステム=自己なんですよね。インタラクティブシステムが今どうなっているのか、期待する結果を得るためにはどうすればよいのか、といったことをインタラクティブシステム自身がユーザーに分かりやすく情報提供しているかといったことなのですが、「記述性」という言葉が案外難しい。自己記述性に関する問題に気づきやすいよう、指摘しやすいよう例を読み込んで言葉の意味を説明できるようにしておかないと今後手こずりそうな気がします。
以上がJIS Z 8520:2022「人間工学-人とシステムとのインタラクション-インタラクションの原則」となります。
今日見つけた宝物:「代替テキスト」
このJISの4章に図が示されている※1のですが、この図について「代替テキスト※2」が記載されていました。
音読アプリを使えばどんな図が記載されているか分かるようになっている点はアクセシビリティに関する規定として「あらまほしきことなり(望ましい、理想的である)」と感じました。
JISは登録すれば無料で閲覧できるPDFファイルが提供されていますが、同様に音声ファイルも提供されています。代替テキストがあれば音声ファイル利用者も使い勝手が良いですよね。
※1:参照文献の図1:ユーザーシステムインストラクションのための指針に関する主要な情報源の関係
※2:代替テキスト 画像をテキストによって説明したもの
最後までお付き合いくださりありがとうございます。本日の道行きはいかがでしたでしょうか。次のさんぽはJIS Z 8522「人間工学-人とシステムとのインタラクション-情報提示の原則」を予定しております。次回またご一緒できることを楽しみにしております。
参照:JIS Z 8520 インタラクションの原則