
今回は、「テストプロセス改善」を取り上げます。
これまでの連載で、「テスト設計」や「テストマネジメント」といった専門性について触れてきました。これらはQAエンジニアとしての価値を発揮するための重要な技術です。
しかし、これらの技術を個人として高めるだけでなく、チームや組織全体として成果を出すためには、テスト活動を全体的に把握し、批判的に見直し、より良くしていくための具体的な提案と行動が不可欠です。 この不可欠な行動を実現するものこそ、「テストプロセス改善」という技術なのです。
この記事では、テストプロセス改善を、体系づけられたアプローチで合理的にテストに関する課題を解決する専門技術として捉えます。この技術を私自身がどのように学び、それがQAエンジニアとしての基盤となったかをお話しします。
記事一覧:技術を土台にして自分なりのQAエンジニアを組み立てる -あるQAの場合
テストプロセス改善という技術
テストプロセス改善とは、大きく2つのフェーズに分かれる、と考えます。
- 目の前のテストについて評価したり、時には現場から聞き取りを行う
- そのコンテキストで最も効果的な改善を提案し、実行に移す
実際にはキックオフや効果測定など、より細かいプロセスがありますが、これらは概ね上記に大別できると考えます。
これらについて体系的な手順やプラクティスを提供するのが、テストプロセス改善技術です。
テストプロセス改善技術については、ASTERが「テストプロセス改善技術 入門ガイド」という冊子を無料で公開しているので、ぜひご覧になっていただきたいです。
■テストプロセス改善技術研究会(Test Process Study group)/ASTER
「テストプロセス改善」に対するよくある誤解
「テストプロセス改善」という言葉を使うと、実際に伝えたい内容とはまた違った解釈をされる場合があります。
1. テストプロセス
「テストプロセス」と聞くと、JSTQBのテストプロセスのような、テスト計画からテスト完了までのプロセスのことを考えるかもしれません。それはテスト活動をある側面から見れば間違いではありません。しかし、多くのテストプロセス改善技術では、様々なアクティビティが相互に影響し合う、生態系のような複雑なシステムとして捉えられると、私は解釈しています。
2. 改善
「改善」と聞くと、ふりかえりやPDCAサイクルといった日々の小さな工夫や試行錯誤を思い浮かべるかもしれません。こういった理解も間違いではないですが、テストプロセス改善モデルによっては、これらの改善サイクルが健全に回っているかどうかも評価項目として捉えることがあります。
テストプロセス改善技術は、より構造的・体系的なアプローチを指します。
体系的なテストプロセスモデルがあり、さまざまな現場の状況に合わせて、どの順番で、どのような施策を打てば最も効果的かの仮説を立て、実行していくのです。
モデルは「思考停止」ではなく、思考の補助線
テストプロセス改善技術には、先人たちが作り上げた様々なモデル(TPI NextやTMMiなど:テスト成熟度を測り、改善のロードマップを提供するモデル)が存在します。これらを使うことに対して、「モデルに従うのは思考停止だ」であったり、「現場ときちんと向き合っていないコンサル的な考えだ」と批判的な意見を聞くことがあります。
しかし、私は全く逆の考えを持っています。
これらの技術を正しく扱うには、むしろ深い知識と洞察、そして徹底した言語化と説明能力が求められます。
モデルで扱っている一つ一つのアクティビティについて、「なぜこれが必要なのか」という理論や背景、目の前で起こっている現実や聞き取った内容を深く総合し、その上で「このコンテキストではどう適用すべきか」を自分の言葉で説明できなければなりません。
そういった洞察がない単なるチェックリストを埋める作業は思考停止とも言えるかもしれませんが、これらはモデルが意図しているところではないと考えています。
モデルは、複雑なテスト活動を構造的に理解するための「思考の補助線」と言えるでしょう。それを使いこなすことで初めて、現状分析の解像度が大幅に上がり、そのコンテキストに合った的確な提案ができるようになります。
体験談:言語化がもたらした、揺るぎない自信
学びのきっかけ
私がテストプロセス改善技術を学んだことは偶然でした。私が第三者検証会社に在籍していたとき、テストプロセス改善技術の育成メンバーとして、当時の上長から推薦されました。
私にしては珍しく、自発的に参加したものではなかったのです。
当初は、正直言って「嫌だな」と思っていました。当時持っていたテストプロセス改善技術のイメージは、レガシーで、現場では使えない、重厚長大なモデルだという先入観を持っていました。当時の自分にアドバイスするなら、その先入観は全くの間違いだと話すでしょう。
実際に私にとって、テストプロセス改善技術を学んだことは、QAエンジニアとしての大きな転機となりました。
得られた気づき
テストプロセス改善技術を学ぶ過程で、私は様々な現場の聞き取りを行いました。
そこでは、テストプロセス改善技術の中で扱う一つ一つのアクティビティに対して、徹底的な言語化が求められました。そして、その言語化を土台として、現場の言葉を使いながら説明し、理解し、解釈する必要がありました。
それまでは漠然と「こうした方が良い」と感じていたことと、「テストはコンテキスト次第」という原則に、構造的な理解と明確な言葉を与えることができるようになったのです。
ある時点から私にとって現場が全く変わって見えたことがとても印象に残っています。
例えば今までテスト設計の問題だと思っていたものが、テスト計画やコミュニケーションの問題だと気付けるようになったのです。
混沌で圧倒されるだけの現場を論理的に解釈し、建設的に改善が可能だと確信できるようになったのです。
自信につながる
テストプロセス改善技術を学んだのはコンサルタントとしてです。その経験から、私はどのような役割であっても、自信を持ってテストプロセスの改善を主導できるようになりました。
やがて、どんな現場であっても、現場の状況を把握し、課題を特定し、モデルを参考にしながら具体的な改善策を提示できる自信を深めるようになりました。
私はたびたび「プロのテスター」と名乗ることがありますが、Sqriptsのプロフィールで「ソフトウェアテストに専門性を持つ」と表現できるほど、自分自身の確固たる基盤となっています。
専門性の組み合わせ
テストプロセス改善技術は、個人の自信だけでなく、他の専門技術と結びつくことで、より大きな価値を生み出します。
テストマネジメントとの組み合わせ
テストマネジメントとテストプロセス改善は、極めて親和性の高い技術です。テストマネジメントを行う過程で「なぜ改善が必要なのか(Why)」という目的を定義することがあります。これに対し、テストプロセス改善は「どのように改善するのか(How)」という具体的な道筋を示します。
この二つが結びつくことで、単なる場当たり的な対応ではなく、論理的で建設的な改善活動を推進することができます。
テストマネジメントで特定された問題(アウトカムに近いビジネス的な側面であることが望ましい)に対し、テストプロセス改善のモデルを使って体系的にアプローチすることで、一般的なベストプラクティスを取り入れつつ、確実に成果を上げることが可能になるのです。
おわりに:今日からできるテストプロセス改善
この記事では、テストプロセス改善がQAエンジニアとしてのキャリアを支えうるような、再現性と応用性の高い専門技術であることをお伝えしました。
テストプロセス改善技術をいきなり習得するのは難しいと思います。
そこで、あなた自身のテスト活動を振り返り、なぜこの活動をやっているのだろうか?そして、その活動はどのような『言葉』で体系的に表現できるだろうか?と言語化することから始めてみてください。
その小さな問いの積み重ねが、あなた自身の成長だけでなく、チームや組織全体のテスト活動を次のレベルへと引き上げる、強固な土台を築くことができるはずです。

