
これまでの連載では、「テスト設計」、「テストマネジメント」、「テストプロセス改善」といった、QAエンジニアとしての専門技術についてお話ししてきました。
今回は「幕間」として、技術とは少し異なるテーマを語ります。
連載の第1話で、「多様な専門性を積み上げて、自分だけのQAエンジニア像を作っていく」というアプローチを紹介しました。
そう言っている私のキャリアのスタートは、実はエンジニアではありませんでした。
文系大学を卒業し、新卒で「営業職」に就いたのです。
いわゆる異業種転職であり、「回り道だね」と言われることもあります。
その気持ちも理解できます。
しかし、私自身はこの営業経験もまた、今のQAエンジニアとしての活動に息づいており、「土台」 になっていると感じています。
今回は、この「土台」がどのようにQAの専門性と繋がって いるのか、私の経験をお話しします。
営業の本質とは何か?
「営業」と聞くと、コミュニケーション能力、交渉力、スピード、あるいは体力といったスキルや特性を思い浮かべるかもしれません。
もちろん、それらは重要です。
しかし、私が学んだ営業の本質は、それらを使う「目的」にあります。
営業の本質とは、突き詰めれば「発注書をもらってくること」だと私は捉えています。先に挙げたスキルは、すべてそのための「手段」に過ぎません。

この考えは、「目的のために必要な手段を正しく使う」という、私のエンジニアリングの指針に通じると考えています。
営業として「発注書」という明確なゴール(目的)のために、あらゆる手段(コミュニケーションや交渉)を最適化しようともがいた経験が今でも生きています。
現在のQAエンジニアとして「品質保証活動の目的は何か?」「この改善のゴールはどこか?」を常に問い、その達成のために最適な技術(手段)を選択するという、専門性の基盤になっているのです。
「納品後」の緊張感と説明責任
私は建設業の営業だったのですが、キャリアの土台として最も強烈に記憶に残っているのが、「施主検査」という体験です。これは、納品物(工事結果)をお客様(施主)が最終確認する場です。
私は営業であり、現場の作業を直接管理しないことが多かったです。
しかし、営業として施主検査に同行し、「正しく工事が行われたこと」「問題が正しく解決されたこと」を顧客に説明する「説明責任」がありました。
現場には、お客様、職人、そして営業の私といった関係者が集まります。
その中で、お客様が鋭い視点で確認していくのです。
「この配線はこれでいいの?」 「これの使い方はどうするの?」
どんな質問が飛んでくるかわからない。顧客の厳しい目線に晒される、あの独特の「スリル」と、緊張感を、私は肌で感じていました。
この経験は、現在のQAエンジニアとしての私に、二つの強さを与えてくれました。
社内ステークホルダーへの報告に、心理的負担がないこと
チーム内のレビューや、マネージャーへの報告などで、私は心理的なプレッシャーをほとんど感じません。
なぜなら、本当の「厳しい目線」は、身銭を切って発注してくれた顧客の目線であることを知っているからです。
社内の指摘は、その「本当の検査」を通過するための、仲間からのフィードバックに過ぎないというマインドセットに繋がりました。
「どう伝えるか」を目的志向で考えられること
第3回の「テストマネジメント」で、QAは「意思決定を促すことが重要」であり、「組織全体での『合意形成』や『意思決定』の側面もある」と記述しました。
施主検査での説明責任は、まさにこれです。
ただ事実を並べるのではなく、「この問題は、このように解決済みです」と、相手が「OK」という意思決定ができるように情報を構成し、伝える必要があります。
顧客という最も厳しい相手に説明責任を果たそうとした経験が、「何を伝えるか」と同時に、「どう伝えれば、相手がより良い意思決定ができるか」を考える思考の土台となっています。
信頼を構築する「誠実さ」
“営業”というと、フィクションの影響か、数字のために軽薄な行動をとるイメージがあるかもしれません。
しかし、私が「発注書」をいただき続けるプロセスで痛感したのは、「信頼関係」の重要性であり、それを構築するための「誠実さ」でした。
特に私は20代前半と若かったため、知識や経験ではベテランにかないません。また、お客様からもそういった期待はされていません。
そんな私がお客様に信頼感を得るために唯一できたことが、「誠実さ」でした。
目の前のお客様が抱える問題に対し、真摯に考える。
時には、自社のサービスではなく別の方法を勧めるなど、会社にとって短期的な利益が最大にならない提案であっても、お客様にとっての最適解を「誠実」に答える。
こうした姿勢は、短期的な売上には繋がらないかもしれませんが、「あの若い営業は、うちのことを本気で考えてくれる」という長期的な信頼関係に繋がります。
結果として、継続的に相談を受けられるようになり、顧客との関係が強固になることを学びました。
この「誠実さ」は、QAエンジニア、特にテスターとしての振る舞いに直結しています。
テスターの仕事は、しばしば「悪い報告」(バグ報告やリスクの指摘)をすることとも言えます。
しかし、その際に「自分はテスター(役割)だから」とあぐらをかき、事実だけをドライに突きつけていては、本当の信頼は得られません。
大切なのは、例えば1on1などを通じて「個人として認識してもらい」、信頼関係を築くことです。
第4回の「テストプロセス改善」でも、現場の聞き取りや「徹底的な言語化」が重要だと述べましたが、その土台にも「信頼」が不可欠です。
悪い報告であっても、「誠実さ」という強みをもって、「あなたの仕事を否定したいのではなく、一緒にプロダクトを良くしたい」という姿勢で伝える。そうすることで、それは単なる「ダメ出し」ではなく、「プロダクトを共により良くするための建設的な情報」としてチームに受け取ってもらえるのです。
「顧客目線」の生々しさを知る
営業として新規の飛び込み営業をしていた時、「異物を見る」ような冷たい目線を浴びることも日常でした。
飛び込み営業では、受付で「いいですいらないです」と冷たくあしらわれることがほとんどです。「大変だね」と憐れみを持って親身に話を聞いてくれる人もいます。
QAエンジニアが語る「顧客目線」は、時として「この製品のファン」というポジティブな側面で語られがちだと考えます。
しかし、営業現場で体験した「顧客」とは、もっと多様で、生々しいものでした。
「品質は誰かにとっての価値」という言葉がありますが、私はこの「誰か」の多様性、特に「ファンではない人々」、あるいは「製品に全く興味がない人々」のリアルな視線を、この時に学びました。
この経験は、単に「ユーザー」と一括りにするのではなく、「この機能に全く期待していない人」や「競合製品と比較している人」といった、多様なステークホルダーの生々しい視点を想像する解像度が、営業経験によって格段に上がったと感じています。
QAエンジニアとして、営業の「土台」を活かすために
私にとって営業経験は、開発における「視野の広さ」 とも取れるような視点を形成する重要な土台となっています。
我々は開発チームの中にいると、時に「営業が変な要求を聞いてきた」と、一方的に批判してしまうことがあります。
しかし、こう想像してはいかがでしょうか。
「私たちが作った製品をお客様に届けるために、営業担当はどのような努力をしているのか? 」
私が体験したような「生々しい顧客」と、日々対峙しているのは彼らです。
我々は「ユーザーにとって価値がある」だけでなく、「売れることが可能な製品」を作れているでしょうか?
もし、この記事を読んで「土台」の重要性に共感してくれたなら、ぜひ彼らの「リアルな声」に、パートナーとして耳を傾けてみていただきたいです。
可能であれば、ぜひ「商談に同席させてもらう」ことをお勧めします。
開発側からの歩み寄りを歓迎している営業担当は、皆さんが思うよりずっと多いと思っています。
そこで得られる「生々しい」顧客の視点や、営業担当が目的を果たすために、どれほどの「誠実さ」と「説明責任」を果たそうとしているかをぜひ体感してみてほしいです。
それこそが、あなたの専門性を強固にし、プロダクトを「売れる製品」へと導く、確かな「土台」となります。
一見、関係ないように見える経験も、必ずどこかで緩やかに繋がっています。
皆さんのキャリアを形作る「土台」は、どのような経験でできているでしょうか。

