【第1回】QAエンジニアの「心技体」|AI時代だからこそ「あなたにお願いしたい」と頼まれるQAエンジニアになろう!

1人のエンジニアとして成長し続けるために、私たちは何を意識するべきでしょうか。特定の知識を極めることでしょうか。最新の技術トレンドを追いかけることでしょうか。

それらも言うまでもなくとても重要なことですが、もう1つ普遍的な要素があるかもしれません。

武道やスポーツの世界で一流を目指す者が重んじる「心技体」という言葉があります。この「心技体」とは、心と技術と身体能力……この三つの要素がバランス良く揃って、初めて真の実力が発揮されると言われます。

このような三位一体的な依存関係という考え方は、ソフトウェア開発者に限らず、QA、SRE、インフラ、セキュリティなど、ITに携わるエンジニアの成長にも当てはめることができると考えています。

本連載では、この「心技体」をエンジニアの成長に必要不可欠な要素を表すモデルとして当てはめ、特にその土台となる 「心」、すなわちコミュニケーションやヒューマンスキルに焦点を当てて掘り下げていきます。
今回はその序章として、まずエンジニアにおける「心技体」の全体像を概観します。

「心」としてのマインドセット:エンジニアとしての在り方

本連載で最も深く掘り下げていく 「心」。ここで言う「心」とは、曖昧な精神論ということではありません。では何かというと、それはエンジニアとしての「在り方」や「考え方」を指す 「マインドセット」 です。そして最も重要なのは、このマインドセットが才能に依存するものではなく、意識をして訓練することによって後天的に習得・向上できる「スキル」であるという点です。

このマインドセットのスキルには、主に以下の力が含まれると考えます。

  1. 本質的な「正しさ」を考え抜く力
    例えば、与えられたタスクをこなすことは、スタートラインに過ぎません。なぜこのテストアーキテクチャなのか?このテスト計画で目指したい品質を本当に保証できるのか?目指したい品質とは何か?ビジネス価値や将来の拡張性まで見据え、プロジェクトにとっての「本当の正しさ」を誰よりも深く考え抜き、意思決定する力です。
  2. 目的のために、貪欲に学ぶ力
    優れたエンジニアは、コンフォートゾーンに留まらない傾向にあります。目の前の課題を解決するため、あるいは自らが見つけ出した「正しさ」を証明するために、必要とあらば開発、品質保証、インフラ、さらにはビジネス領域まで、あらゆることを貪欲に学び続ける傾向にあると考えています。
  3. 考え抜いたことを「伝える力」
    どれほど優れたテスト設計やテスト戦略も、「どうしてこの戦略になったのか」という意図や背景が他者に伝わらなければ価値は半減します。客観的に妥当な設計書、意図の明確なテストケース、ユーザーへのリスクが伝わる不具合報告など、考え抜いた結論を他者が理解し、活用したり意思決定できるという伝える力です。
  4. 他人を思いやる力
    信じられないかもしれませんが、エンジニアの成長において「他人を思いやる力」こそが、最終的に最も大きな差を生むスキルだと考えています。なぜならば、ほとんどの人は誰かと働き、誰かからお金をもらっているからです。特にソフトウェア開発は、個人の能力以上にチームでの共同作業が成果を左右します。そして、そのチームを構成するのは、必ずしも合理的ではない「人間」 です。相手の立場や感情を想像し、敬意をもって接する力は、チームの生産性と品質に大きく関係するのです。納得できない人もいるかもしれませんが、人は感情で動き、立場によって主観的な正義が変わり、時にはそれは客観的に見ると自己中心的にさえなります。 この変えようのない事実を前提として受け入れること。そして、相手の主観や感情を理解しようと努めること。これは、単なる「優しさ」や「気遣い」といった精神論ではありません。それは、多様な人間で構成されるチームで成果を最大化するための、最も重要なビジネススキルであると考えています。論理や正論を振りかざすだけでは人は動きません。時には「自分がどう見られているか」を意識し、相手の心を動かさないと乗り越えられない逆境や、プロジェクトの成功があります。

これらの力は、まさにエンジニアに求められるコミュニケーション能力やヒューマンスキルの核と言えるのではないでしょうか。次回以降の連載では、この 「心」 をどう体現するのか、詳しく掘り下げていきます。

「技」としての技術:想いを現実に変える力

「技術」は、文字通り 「技」 です。目的を達成するための具体的な手段や方法を指します。

「心」で描いた「ユーザーの体験を良くしたい」「品質を底上げしたい」といった想いを、設計書、テスト計画、コードといった具体的な「かたち」にするのが技術です。また、テスト自動化やIaCのように、技術は人間の能力を拡張し、限界を超える助けとなります。技術は、私たちの内面と現実世界を繋ぐ、強力な架け橋です。

「体」としての知識:引き出しの多さ

そして「知識」は、エンジニアとしての 「体」 そのものです。問題解決のための「引き出しの多さ」や「手札の数」と言い換えることができます。

開発手法、テスト技法、クラウドアーキテクチャ、セキュリティ…。この「体」である知識の量が、エンジニアとしての基礎体力を決定します。日進月歩のIT業界において、新しい知識をインプットし、体を大きくし続ける努力を怠れば、それは現状維持ではなく「相対的な退化」を意味します。

三位一体の依存関係:なぜ「心・技・体」は一つでも欠けてはならないのか

これまで見てきたように、「マインドセット(心)」「技術(技)」「知識(体)」は、それぞれが独立して存在するものではありません。これらは密接に依存し合っており、三位一体となって初めて真価を発揮します。

  • 豊富な知識(体) がなければ、最適な 技術(技) を選択できません。
  • 優れた技術(技) がなければ、蓄えた 知識(体) は宝の持ち腐れです。
  • そして、確固たる マインドセット(心) がなければ、 知識(体)技術(技) を正しい方向へ導くことができません。

豊富な知識(体)という土台の上に、それを具現化する技術(技)を磨き、そして、それらをどこへ向かわせるべきかを指し示すマインドセット(心)を鍛える。この心技体をバランスよくレベルアップさせることが、エンジニアを本質的な成長へと導くと考えています。

エンジニアとしてのキャリアが進むにつれて、求められる役割は「一対一」の単なるタスクの遂行から、「一対多」という価値の創出や仕組みの創造へとシフトしていきます。特にシニアやスタッフといった立場になると、後進の育成や、自身の知識・経験を組織全体に還元することが重要な責務となります。

この時、決定的に重要になるのが「心」、すなわち他者への配慮や敬意といったマインドセットです。どれだけ優れた知識や経験を持っていても、その土台となる人間的な信頼がなければ、組織を正しい方向へ導くことはできません。あなたの提言は「正論」として響くだけで、チームメンバーが心から耳を傾け、協力してくれることはないでしょう。

例えば、QAエンジニアが目指す「品質文化の醸成」という目標は、この典型です。ルールやツールを導入するだけでは文化は根付きません。チームメンバー一人ひとりの共感と自発的な協力を引き出す「心」の力があって初めて、組織全体の品質意識を高めることができると私は考えています。

余談: 大いなる力には大いなる責任が伴う

時に、私が働いているQA組織のみんなに願うのは、ただ技術力が高いだけでなく、本当に「レベルの高いQAエンジニア」になってもらいたいということです。そして、そのために欠かせないと思っているのが、 「大いなる力には、大いなる責任が伴う」 ということを理解するということです。この 「大いなる力」 には、技術や知識だけではなくマインドセットも含まれています。

これは、私が敬愛してやまない映画『スパイダーマン』に出てくる、あまりにも有名な言葉です(特にサム・ライミ版が好きです)。物語の主人公であるピーターは、ある日突然すごいパワーを手に入れますが、最初はそれを自分のためだけに使っていました。その姿を見てベンおじさんはこう言います。

『スパイダーマン』
ピーター、お前の年頃でどう変わるかによって一生をどんな人間として生きていくのかが決まるんだ。どう変わるのかは慎重に考えろ。そのトンプソンという生徒は殴られて当然かもしれないが、お前の方が強いからといって、殴る権利があるわけじゃない。忘れるんじゃない。大いなる力には大いなる責任が伴う。

『アメイジング・スパイダーマン』
聞くんだピーター。お前は父親によく似ている。本当に似てる。それはいいことだ。だが、お前の父親は信念を持って生きていた。彼はこう信じていた。人のためになる行いができるのなら、それをやるのが道徳的な義務だとな。その信念はどこに行った。選ぶことはできない。それは責任だ。

そして、その力を正しく使わなかった(強盗を見逃した)せいで、一番大切な人を失ってしまいます。

「自分には救う力があったのに、何もしなかった…」

取り返しのつかない後悔を通じて、彼は力の意味と、それを使うことの「責任」を痛感し、人々を守るヒーローになることを決意します。

この物語、実は私たちビジネスパーソンの成長にも、すごく大切なことを教えてくれると思いませんか?

私たちの世界でいう「力」とは、これまで積み重ねてきた知識や経験、問題を解決できるスキルのこと。そして「責任」とは、その力をちゃんと使って、チームや組織を助ける役割のことです。

あなたの知識や経験があれば解決できる問題が目の前にある時、あるいはチームが困っている時。「これは自分の仕事じゃないから」と見て見ぬふりをしてしまうのは、あの時スパイダーマンが強盗を見逃したのと同じことかもしれません。その小さな見過ごしが、後でプロジェクトの遅延やトラブルといった、もっと大きな問題につながってしまうかもしれません。

キャリアを重ねて影響力という「力」が大きくなるほど、この「責任」も自然と大きくなっていきます。時には、自分のこと(私)よりも、チームのこと(公)を優先しなきゃいけない、時にはしんどい決断も必要になるでしょう。リーダーや経営者が、時に孤独に見えるのは、きっとこの重圧とずっと戦っているからなんだと思います。

そのため、勉強してスキルを磨くっていうのは、ただ賢くなることではないと考えています。いざという時に、その力を使う「覚悟」を持つことでもあるのです。そこにはヒューマンスキルも強く求められていると考えていて、せっかくの強い力が正しく使えなかったり、かえって誰かを傷つけてしまうことはもったいないと考えているのです。上層部がかえって多くの誰かを傷つけた結果、多くの人が退職し、壊れてしまった組織も見たことがあります。

私は、自分の組織に来てくれた人たちには、この「力と責任」をちゃんと理解して、チームに良い影響を与えられる人になってほしい。そして、その責任をしっかり果たせるような環境を作ってあげたい。心からそう思っています。

おわりに:次回からの連載に向けて

本日は、エンジニアの成長における「心技体」の重要性についてお話ししました。

  • 心(マインドセット):何を、なぜ、どうするのかを深く問う探求心
  • 技(技術):想いを形にする実践力
  • 体(知識):可能性を広げる学びの土台

この三つのバランスを意識することが、真に価値を生み出すエンジニアであり続けるための鍵となります。

そして、本連載ではこの中でも全ての土台となる 「心」、すなわちエンジニアとしてのマインドセットやコミュニケーション、ヒューマンスキルに焦点を当てていきます。

次回は早速、「心」の重要な要素である 「他人を思いやる力」 について、ビジネスにおける合理的な配慮という観点から深掘りします。どうぞご期待ください。

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SQRIPTER

北村 駿(きたむら しゅん)

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元バンドマン・元バーテンダーのQAエンジニア。現在はとあるQA組織の内製化とQAテックリードを担いながら、ピープル・ワーク両面でマネジメントも奮闘中。

Xアカウント: https://x.com/max_qae
Zenn: https://zenn.dev/max_qae

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