【第2回】見えない相手への「思いやり」とは何か?——エントリーキャリアが在宅勤務で信頼を築くための合理的な配慮とは

前回、エンジニアの成長における「心技体」の中でも、土台となる「心(マインドセット)」の重要性についてお話ししました。早速、具体的な話に入っていきます。まずはちょっとしたことから「思いやり」を始めていきましょう。

本記事は、まずはQAエンジニアとしての社会人キャリアを歩み始めたばかりの方々(エントリーキャリア)を主な対象としています。今回は「心(マインドセット)」の一つである 「他人を思いやる力」 について、具体的な行動レベルまで深掘りしていきます。

コロナ禍を経て在宅勤務が当たり前の働き方のひとつになった今、 「見えない相手をどう思いやるか」 というスキルは、チームで成果を出すための重要なスキルとなったと考えています。

そして、ビジネスにおける「思いやり」とは、単なる優しさや気遣いではありません。それは、チーム全体の生産性を最大化するための、合理的な配慮です。このスキルは、お互いの姿が見えない在宅勤務という環境で、その真価が問われると思います。

私自身、エントリーキャリアの時には何度もこれから話すようなことで怒られてきました。私は全く完璧な人間ではないのです。たった1人のQAとして会社に所属をし、1人で周り全ての信頼を積み重ねなければいけないこともありました。その中でこれからお話しするようなことをしなかったばかりに失敗をして周囲の信頼を落としてしまうこともありました。

これからお話しすることは当たり前のように聞こえますが、誰でも最初からできることでは決してないのです。それでは、見ていきましょう。

在宅で他者と働く……ための、前提と作法

在宅勤務では、あなたが仕事をしている姿を誰も直接見ることはできません。これは、あなたが報告をしない限り、周囲は「仕事が進んでいるのか」「どこかで困っていないか」を把握できず、不安や憶測を生む原因となります。

ここで「いちいち進捗を報告しないといけないのか?」という疑問を持つ方がいるかもしれません。その答えは明確に「はい」です。なぜなら、他者と協力して働くとは、自身の状況を適切に共有し、チームの透明性を保つことだからです。

ただし、「報告」と「むやみな割り込み」は紙一重です。特にテキストコミュニケーションは、口頭での会話と異なり、相手に文脈の理解や論理構造の読解を強いてしまいます。また、レスポンスする際にも書き手の論理構造や客観的な分かりやすさを考えるコストや時間が必要になります。そのため、安易な割り込みは相手に考える時間を使わせてしまい、結果的に相手の時間を大きく奪ってしまうのです。

「むやみな割り込みをしない」ことは、相手の時間を不必要に奪わないためにも、非常に大切な「思いやり」です。そのためには、メッセージを送る前に、背景や根拠、判断に必要な材料をあらかじめ整理し、要点を簡潔にまとめておくことが重要です。あるいは、すぐに返事が必要ない用件であれば、相手が都合の良い時に確認できるチケットのコメントに残すなど、「バーチャルな肩たたき」の作法を意識しましょう。

「この連絡内容や連絡のやり方は、相手の時間を奪うだけの価値があるものか?」と自問自答することが、信頼関係の第一歩です。

在宅勤務で大切なのは「ステータスで仕事を進めること」

前述の「報告」を実践する上で最も大切なのが、ステータスの更新を意識することです。ステータスを細かく区切ってこまめに更新するほど、あなたの状況は明確になり、周囲も「ちゃんと仕事が進んでいる」と安心して自身の業務に集中できます。

これが、在宅勤務において自律やセルフマネジメントが必要であるとされる理由ではないでしょうか。

「いつでもいい」の正しい意味

この「ステータス管理」を実践する上で、特に注意すべきなのが「いつでもいい」と言われたタスクの扱いです。これは決して「放置していい」という意味ではありません。依頼が発生した時点で、相手はあなたの成果を待つ状態に入っています。あなたが完了を遅らせるほど、相手はその時間を奪われ、後続タスクがある場合はチーム全体の進捗が滞ります。

例えば、あなたに以下の4つのタスクがあるとします。

  1. 5分で終わるタスク(いつでもいい)
  2. 1時間で終わるタスク(いつでもいい)
  3. 1日かかるタスク
  4. 1週間かかるタスク

もし、あなたがDの完了後にAを報告したら、依頼者はどう思うでしょうか。「5分で終わるなら、もっと早く対応してくれれば、自分の次の仕事が進んだのに…」 と感じるのが自然です。

「いつでもいい」ものほど早く終わらせようとする意識は、こうした些細な待ち時間をなくし、あなたの信頼を積み重ねる大事な行動になります。また、優先度の低いタスクがいつまでも滞留(スタック)するのを防ぐ効果もあります。

ただ、優先度が低いタスクであることには変わりありません。そこで有効なのが、 「このタスクは、自分だけで完結するのか、それとも他者を巻き込むのか」 を自問自答することです。自分だけで完結する作業であれば他の優先タスクとの兼ね合いで調整しても良いですが、他者を待たせるタスクだけは、積極的に片付けていくようにしましょう。

ミーティングの予定をカレンダーに入れるというちょっとしたことでも、MTGに招待される側はその日の予定を確認し整理をして、明日の始業に向けて準備をするというタスクを後ろ倒しにさせてしまいます。

ステータスの更新が信頼を作る

複数のタスクがすべて「Doing」のままだと、周囲は何が進んでいて、どこで詰まっているのか判断できません。そこで重要になるのが、ステータスを「やっているか否か」ではなく 「どの程度完成しているか」 で区切る意識です。

「叩き台が完成したので、方向性が合っているか確認お願いします」といった途中経過の共有は、問題を早期に解決し、周囲に安心感と信頼をもたらします。手が止まった時点で「ここまでは自分で考えました。でもここから迷っています」と伝えるのは、あなたの誠実さを示し、問題を早期に解決するための極めて有効な手段です。

遅れるほど成果物に「質」が求められる

こまめな報告を怠ったりちょっとしたことを後回しにすると、もう一つ厄介な問題があります。それは、成果物の提出が遅れるほど、アウトプットに対する期待値が上がってしまうという点です。時間をかけた分、「しっかり作り込まれているはずだ」と思われるのは当然のこと。

もし2日かけて提出した成果が、実は15分で終わるような内容だったり、他者の成果の流用だったりした場合、「時間を無駄にしたのではないか」という不信感に繋がりかねません。こまめな進捗共有や困っていることの相談は、こうした過度な期待値の上昇を防ぐためにも不可欠なのです。

相手の時間を尊重するコミュニケーション技術

これまでの話は、主に「報告」という受け身のコミュニケーションでした。ここからは、依頼や質問といった、より能動的なコミュニケーションにおける「思いやり」の技術について解説します。

1. 根拠のある依頼

タスクの期限延長や仕様変更など、相手に行動や承認を求める際には、必ず客観的な根拠が必要です。「私が困っているから助けてください」という主観的な訴えは、相手に判断材料を与えず、一方的な要求の押し付けになりかねません。客観的なデータや事実に基づいて依頼することは、相手が迅速かつ合理的に判断するための手助けとなり、結果的に相手の時間を尊重する「思いやり」となるのです。

2. 相手の時間を奪わない質問の仕方

エントリーキャリアの方が最も悩むのが「質問」でしょう。良い質問の基本は、「よくない質問=相手の時間を奪う行為」という意識を持つことです。

  • 自己解決の過程を示す: 「〇〇を達成するために、AとBの方法を試しましたが、Cというエラーが出てしまいます」のように、自分がどこまで調査・試行したかという具体を伝えます。
  • 期待する結果と現状の差分を明確にする: 「本来は〇〇となるはずが、現状は△△になっています」と、ゴールと現在地という抽象を示します。
  • 質問を具体的にする: 「動きません」ではなく、「この部分のエラーメッセージの意味が分からず、解決のヒントをいただけますか?」と、何に困っているのかをピンポイントで伝えます。

3. 一度のやり取りで完結できる文章を意識する

在宅勤務は、相手がすぐに返信できない「非同期」が基本です。一度のメッセージで完結させる文章術は、相手の集中力を奪わず、無駄なやり取りを減らす「思いやり」です。

  • 結論ファースト: 「〇〇について相談です」と最初に目的を明確にします。
  • 背景と経緯の提供: 相手が「これって何の話だっけ?」とならないよう、関連するチケットのURLや過去のやり取りへのリンクを必ず添えます。
  • 選択肢と自分の意見の提示: 「どうしたらいいですか?」と丸投げするのではなく、「A案とB案があり、私は〇〇という理由でA案が良いと考えますが、ご意見いただけますか?」と書きます。

まとめ

在宅勤務で他者と円滑に働くための基本は、以下の行動に集約されます。

  • ステータスを軸に仕事を進め、更新を早める
  • 周囲を巻き込む「いつでもいい」は、相手を待たせすぎないことが前提と心得る
  • ステータスを「完成度」で細かく区切り、途中経過を共有する
  • 依頼や質問は、相手が判断しやすいように「根拠」と「試行錯誤の過程」を添える
  • 文章は、一度のやり取りで完結するように情報を整理して書く

これらはすべて、相手の時間を尊重し、チームの透明性を高め、不必要な不安や手戻りをなくすための 「合理的な配慮」 です。こうした一つひとつの配慮がチームに心理的安全性を育み、あなたの「信頼」を築き上げます。

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SQRIPTER

北村 駿(きたむら しゅん)

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元バンドマン・元バーテンダーのQAエンジニア。現在はとあるQA組織の内製化とQAテックリードを担いながら、ピープル・ワーク両面でマネジメントも奮闘中。

Xアカウント: https://x.com/max_qae
Zenn: https://zenn.dev/max_qae

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