脆弱性診断と本人認証の導入強化について解説 ~ ECサイト事業者に求められる対応

こんにちは。Sqripts編集部です。

近年、ECサイトを標的としたサイバー攻撃が急増しています。個人情報やクレジットカード情報の漏洩事件が相次ぎ、被害を受けた企業は甚大な経済的損失だけでなく、顧客からの信頼をも失うリスクに直面しています。このような状況を受け、経済産業省は独立行政法人情報処理推進機構(IPA)と連携し、ECサイトのセキュリティ強化に向けた新たな取り組みを進めています。

脆弱性診断強化の背景

経済産業省とIPAは2023年3月に「ECサイト構築・運用セキュリティガイドライン」を公開しました。このガイドラインは、ECサイトを運営する企業にセキュリティ対策の重要性を理解してもらい、具体的な対策を講じるための指針となっています。

注目すべきは、2025年4月より本ガイドラインの運用が開始される予定であることです。(現在はトライアル期間として位置付けられています)

ガイドラインでは、ECサイト事業者に対して「定期的な脆弱性診断の実施」「本人認証の導入」が強く推奨されています。

この動きは、増加するサイバー攻撃からECサイトを守り、安全な電子商取引環境を維持するための重要なステップと言えるでしょう。また、経済産業省はガイドライン運用開始前の情報漏洩を防ぐため、ECサイト事業者が適切な措置を講じることを期待しています。

https://www.meti.go.jp/policy/netsecurity/guideforecsite.html
(1)「経営者編」<セキュリティ基本対策及び実行すべき取組>

脆弱性診断とは

脆弱性診断は、ECサイトのセキュリティ上の弱点や欠陥を特定し、対策を講じるためのプロセスです。具体的には以下のような手順で行われます。

①診断対象の特定:ECサイトのシステム構成や使用しているソフトウェアを確認
②診断ツールの利用:自動化されたツールを使用して既知の脆弱性をスキャン
③手動チェック:熟練した専門家による詳細な検証
④結果分析:発見された脆弱性の重要度や影響度を評価
⑤報告書作成:診断結果と推奨される対策をまとめたレポートの作成
脆弱性診断 実施手順の例

脆弱性診断には、主に以下の2種類があります。

①Webアプリケーション診断:ECサイトのアプリケーション層における脆弱性を検出
②プラットフォーム診断:サーバやネットワーク機器のOS、ミドルウェアの脆弱性を検出

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本人認証とは

今回策定された内容では、「本人認証の導入」も対策強化の対象となっています。これは、正規のユーザーのみがECサイトにアクセスできるようにするための仕組みです。一般的な方法としては以下があります。

  • パスワード認証:ユーザーIDとパスワードによる認証
  • 二要素認証:パスワードに加え、スマートフォンのアプリやSMSなど別の手段で本人確認を行う
  • 生体認証:指紋や顔認証など、身体的特徴を用いた認証

本人認証を強化することで、不正アクセスやなりすましのリスクを大幅に低減できます。

ガイドラインの運用開始がECサイト事業者に与える影響

脆弱性診断と本人認証の強化は、ECサイト事業者に様々な影響を及ぼすと予想されます。

まず、セキュリティ投資が増加することが考えられます。診断費用や認証システムの導入・運用にかかるコストが新たに発生するためです。また、セキュリティ対策を担当する人員の確保や教育が必要となり、運用体制の見直しを迫られる可能性があります。さらに、脆弱性対策を実施する際にECサイトの一時停止が必要になる場合もあり、サービス停止のリスクも考慮しなければなりません。加えて、認証プロセスの追加により、顧客の利便性が低下する可能性があり、顧客体験への影響も懸念されます。

ガイドラインの運用開始がECサイト事業者に与える影響
ガイドラインの運用開始がECサイト事業者に与える影響

一方で、このガイドラインに沿った対策の強化にはいくつかのメリットも期待できます。

まず挙げられるのが、セキュリティレベルの向上です。脆弱性の早期発見と対策により、サイバー攻撃による被害リスクを大幅に低減できます。また、セキュリティ対策の強化を積極的にアピールすることで、顧客からの信頼獲得につながる可能性があります。さらに、将来的な法規制への先行対応となるため、コンプライアンス面でも有利になります。最終的には、セキュアなECサイトとしてのブランド価値が向上し、競争力の強化にもつながるでしょう。

セキュリティ対策強化のメリット
セキュリティ対策強化のメリット

これらの影響とメリットを総合的に考慮し、ECサイト事業者はガイドライン遵守への対応を戦略的に進める必要があります。

対策の具体例

「ECサイト構築・運用セキュリティガイドライン」では、ECサイトの構築時と運用時それぞれにおけるセキュリティ対策要件が示されています。それぞれの項目を見てみましょう。

<セキュリティ対策要件及び具体的な実践内容>

ECサイトの構築時におけるセキュリティ対策要件一覧

https://www.meti.go.jp/policy/netsecurity/guideforecsite.html
ECサイトの構築時におけるセキュリティ対策要件一覧

ECサイトの運用時におけるセキュリティ対策要件一覧

https://www.meti.go.jp/policy/netsecurity/guideforecsite.html
ECサイトの運用時におけるセキュリティ対策要件一覧

「必須」となっているものについては必ず対策をする必要があります。
対策すべき項目が多いように感じるかもしれませんが、これらの要件を満たすことで、ECサイトのセキュリティレベルを大幅に向上させることができます。

ECサイトの脆弱性診断について

ECサイトのセキュリティ強化において、脆弱性診断は極めて重要な役割を果たします。ガイドラインでは、ECサイトの公開前に脆弱性診断を行い、発見された脆弱性に対策を講じることが強く推奨されています。

前述の通り、脆弱性診断には主に「Webアプリケーション診断」「プラットフォーム診断」の2つの種類があります。

①Webアプリケーション診断:ECサイトのアプリケーション層における脆弱性を検出
②プラットフォーム診断:サーバやネットワーク機器のOS、ミドルウェアの脆弱性を検出

診断方法としては、

  • ツールによる自動診断
  • 人手による手動診断
  • ツールと人手を組み合わせたハイブリッド診断

があります。

今回のガイドラインでは、「脆弱性診断は、原則、第三者(外部委託先事業者、自社以外の第三者)による脆弱性診断を実施」することが求められています。これは、客観的かつ専門的な視点から診断を行うことで、より確実にセキュリティリスクを特定するためです。

また、診断の質と深さも重要です。ガイドラインでは、ツールによる自動診断だけでなく、熟練した専門家による手動の診断を行うことにも触れています。これは、自動化ツールでは検出できない複雑な脆弱性や、サイト固有の問題を発見するために不可欠なアプローチです。手動による診断は費用が高くなる傾向がありますが、ツールでは見つけられない脆弱性を発見でき、結果として精度の高い診断が可能となります。

診断を外部に依頼する場合は、IPAが公開している「情報セキュリティサービス基準適合サービスリスト」にある「脆弱性診断サービス」に記載されている事業者を選定することが推奨されています。自社で診断を行う場合でも、脆弱性診断を行う技術者には高度なスキルが要求されます。

情報セキュリティサービス基準適合サービスリスト

診断の範囲は、プラットフォーム診断とWebアプリケーション診断の2種類を実施することが推奨されています。

Webアプリケーション診断では、

  • ログイン画面
  • サイト利用者情報登録/変更画面
  • 商品検索画面
  • 注文・決済画面等

を最低限の診断対象とすべきとされています。

診断結果は通常、危険度「高」「中」「低」の3段階で分類されます。ガイドラインでは、危険度「高」「中」の脆弱性については、必ず対策を講じてからECサイトを公開することを求めています。発見された脆弱性の危険度とECサイトへの影響度を慎重に評価し、適切な対応を判断することが重要です。

このような詳細な指針は、ECサイト事業者がより効果的にセキュリティ対策を実施できるよう配慮されたものです。適切な脆弱性診断の実施、特に熟練した専門家による綿密な診断は、安全なECサイト運営の基盤となる重要なステップと言えるでしょう。

https://www.ipa.go.jp/security/guide/vuln/guideforecsite.html
IPA 情報処理推進機構 「ECサイト構築・運用セキュリティガイドライン」

対策実施のステップ

「新規にECサイトを構築する場合」及び「ECサイトを運営中の場合」において実務担当者が実践すべき内容はガイドラインでは以下のように示されています。

新規にECサイトを構築する場合に担当者が取り組むべき内容

https://www.meti.go.jp/policy/netsecurity/guideforecsite.html
IPA 情報処理推進機構 「ECサイト構築・運用セキュリティガイドライン」

ECサイトをすでに運営中の場合に担当者が取り組むべき内容

https://www.meti.go.jp/policy/netsecurity/guideforecsite.html
IPA 情報処理推進機構 「ECサイト構築・運用セキュリティガイドライン」

これらを踏まえ、運営中のECサイト事業者が脆弱性診断強化に向けて準備を進める際に推奨されるステップを以下に示します。

運営中のECサイトの脆弱性診断導入準備のステップ

1) 現状把握:自社のECサイトのセキュリティ状況を確認
2) ガイドラインの精読:「ECサイト構築・運用セキュリティガイドライン」を熟読し、要件を理解
3) ギャップ分析:現状と要件のギャップを特定
4) 対策計画の立案:優先順位を付けて対策計画を作成
5) 予算確保:必要な投資について経営層の承認を得る
6) 外部リソースの検討:社内で対応困難な部分は外部委託を検討
7) 段階的な実施:重要度の高い対策から順次実施
8) 定期的な見直し:新たな脅威に対応するため、継続的に対策を更新

ECサイトを運営する企業における課題と対応策

ECサイトを運営する企業にとって、セキュリティ対策の強化は資金面や人材面で大きな負担となる可能性があります。しかし、この課題に対しては様々な対応策が考えられます。まず、セキュリティ機能が充実したECプラットフォームを利用するなど、クラウドサービスを活用することで初期投資を抑えつつ、高度なセキュリティ対策を実現できます。また、専門企業による脆弱性診断や監視サービスを利用することで、自社で専門人材を抱えることなく、高品質なセキュリティサービスを受けることができます。

コスト面での負担を軽減するには、優先度の高い対策から順次実施し、段階的に導入することでコストを分散させる方法があります。さらに、中小企業向けのIT導入補助金等の活用も検討すべきでしょう。これらの外部リソースの活用と並行して、社内でのセキュリティ意識向上も重要です。従業員に対するセキュリティ教育や社内研修を実施することで、組織全体のセキュリティレベルを底上げできます。

最後に、業界団体等を通じて他社の取り組みや最新情報を積極的に収集し、自社の対策に活かすことも効果的です。これらの対応策を組み合わせることで、効果的かつ効率的にセキュリティ対策を強化することができるでしょう。

ECサイト運営企業における課題と対応策

今後の展望

脆弱性診断の導入強化は、ECサイトのセキュリティ強化に向けた重要なマイルストーンとなります。しかし、サイバー攻撃の手法は日々進化しており、一度の対策で終わりではありません。今後予想される展開としては以下のようなことも考えられます。

  1. 対象の範囲拡大
    ECサイトが対象となっていますが、ECサイト以外の個人情報を扱うサイト全般に対象が拡大される可能性
  2. 診断頻度の増加
    年1回から四半期ごとなど、より頻繁な診断が求められる可能性
  3. AI活用の進展
    人工知能を用いた高度な脆弱性診断ツールの登場
  4. 業界標準の確立
    ECサイトセキュリティに関する認証制度の創設
  5. 国際的な基準との調和
    グローバルなeコマース市場に対応した基準の統一化

脆弱性診断の準備で終わりではなく、継続的な運用の体制を整えることも急務となっています。

まとめ

ECサイトにおけるガイドラインの運用開始は、安全な電子商取引環境を維持するための重要な施策です。事業者にとっては一時的なコスト増や運用負担の増加が避けられませんが、長期的には顧客からの信頼獲得や競争力強化につながる投資と捉えることができます。

セキュリティ対策強化に向けた準備期間は残り少なくなっています。ECサイト事業者は、「ECサイト構築・運用セキュリティガイドライン」を参考に、自社のセキュリティ対策を見直し、必要な投資や体制整備を進めることが求められます。同時に、セキュリティは技術面だけでなく、運用や従業員教育など総合的なアプローチが重要です。

サイバーセキュリティの分野は日々進化しており、一度の対策で安心することはできません。継続的な改善と最新動向のキャッチアップが不可欠です。ECサイト事業者は、セキュリティを「コスト」ではなく「投資」と捉え、安全なオンラインショッピング環境の構築に向けて、積極的に取り組んでいくことが望まれます。

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