
この連載は、登場して20年が過ぎ、成熟期を迎えつつある「アジャイル開発」を解説します。アジャイル開発については、世の中にたくさんの書籍や情報があふれていますが、アジャイルコーチとして10年以上の現場経験をもとに、あらためて学び直したい情報を中心にまとめていきます。
第7回目のテーマは、「スクラムチームメンバーの責任」です。
この内容はUdemyで公開しているオンラインコース「現役アジャイルコーチが教える!半日で理解できるアジャイル開発とスクラム 入門編」の内容を元にしています。
スクラムマスターの責任
スクラムマスターのメインの仕事は支援です。スクラムガイドを見ると、スクラムマスターが支援する内容がたくさん並んでいます。
- ⾃⼰管理型で機能横断型のチームメンバーをコーチする
- スクラムチームが完成の定義を満たす価値の⾼いインクリメントの作成に集中できるよう⽀援する
- スクラムチームの進捗を妨げる障害物を排除するように働きかける
- すべてのスクラムイベントが開催され、ポジティブで⽣産的であり、タイムボックスの制限が守られるようにする
これらはスクラムチームに対する支援内容の一覧です。これがPOや組織に対しても続きます。まずはPO。
- 効果的なプロダクトゴールの定義とプロダクトバックログ管理の⽅法を探すことを⽀援する
- 明確で簡潔なプロダクトバックログアイテムの必要性についてスクラムチームに理解してもらう
- 複雑な環境での経験的なプロダクト計画の策定を⽀援する
- 必要に応じてステークホルダーとのコラボレーションを促進する
次に組織。
- 組織へのスクラムの導⼊を指導・トレーニング・コーチする
- 組織においてスクラムの実施⽅法を計画・助⾔する
- 複雑な作業に対する経験的アプローチを社員やステークホルダーに理解・実施してもらう
- ステークホルダーとスクラムチームの間の障壁を取り除く
やることがたくさんあるので、筆者が顧客に説明するときは、これらの動詞部分を並べて伝えます。
- コーチする
- ⽀援する
- 働きかける
- 守られるようにする
- ⽀援する
- 理解してもらう
- ⽀援する
- 促進する
- 指導・トレーニング・コーチする
- 計画・助⾔する
- 理解・実施してもらう
- 取り除く
このように、スクラムマスターは色んな方向でいろんな支援を行います。ただ、スクラムマスターは支援するだけなので、実務はスクラムチームがやります。
よって、スクラムマスターはチームができることはやらないけど、チームができないことをやるのが仕事といえます。
プロダクトオーナー責任

プロダクトオーナーは、POと呼ばれます。POの責任を見ていきましょう。
まず、プロダクトゴールを策定し、明示的に伝えることです。プロダクト自体のゴールである、プロダクトゴールを策定し、開発チームやステークホルダーに明示的に伝えていきます。
現実の開発では、プロダクトゴールとは別に、プロダクトのロードマップであったり、プロダクトのマイルストーンのような中長期的な計画も作り上げていく必要があります。プロダクトオーナーは、短い期間であるスプリントだけでなく、プロダクト全体、四半期、半期、年次・・・というように高い視点を持つ必要があります。
次に、プロダクトバックログアイテムの作成、優先順位付けです。プロダクトバックログアイテムは、ユーザーストーリーと呼ばれる形になっていることが多いです。もしくは機能であったり、フィーチャとよばれることもあります。
プロダクトバックログアイテムは、ビジネス側の人間も関心があるものです。よって、そのビジネスの専門用語やドメイン知識が入り込んでいるかもしれません。もちろん、スクラムチームはそれらを学んでいきますが、開発するためには、だれでも理解できる言語や表現でまとめていく必要があります。
技術的な情報がプロダクトバックログアイテムの完成に必要になるかもしれません。その場合は、開発者に手伝ってもらいながら完成します。
プロダクトバックログアイテムを積み重ねていくと、プロダクトバックログになります。
プロダクトバックログの管理はPOのもっとも重要な役割とも言えます。これがきちんとできていなければ、間違ったものを、間違った優先順位で開発しなければなりません。
開発者の責任
最後に開発者の責任を見ていきましょう。
開発者はスプリントごとの計画の作成に責任を持ちます。計画はPOやスクラムマスターも交えながら作り上げていきます。開発者はスプリントバックログの作成に積極的にかかわります。スプリントバックログは、チーム全体で責任を持つものです。
次に、完成の定義を守ります。完成の定義は完了の定義とも呼ばれています。開発者は、なにかを完成させる上で「これが満たされれば完了」という基準を作り、その基準を厳守します。
そして、毎日計画を適応させ、スプリントごとのゴールであるスプリントゴールを目指します。適応はスクラムの三本柱にも登場しました。スプリントゴールとは、スプリントごとに立てるゴールです。ゴールがないと、スプリント自体が生み出す価値がぼやけてしまいます。このスプリントで何を成し遂げたいのか?スプリントゴールによって提供する価値の解像度を上げます。
最後はお互いに責任を持つことです。開発者とくくっていますが、スクラムチームにはフロントエンドエンジニアがいたり、バックエンドエンジニアがいたり、QAエンジニアがいたりするかもしれません。それぞれは得意分野が異なるため、異なる部分で責任を持ち合い、スプリントゴールを目指していきます。
スクラムチームが気をつけること
スクラムチームは開発をするだけのチームではありません。
POはビジネスと開発の間に立つ通訳者だとしても、通訳だけしていればいいわけではありません。ビジネスや顧客が言うことすべてが正しいとは限らないため、さまざまなフィードバックをもとに、プロダクトとしての判断をしなければならないからです。
また、POと開発者は上下関係でもありません。
だから、開発者たちは「意味はわからないけどとりあえずこれ作ればいいのね」というように、いわれたことをやるマシーンになってはなりません。境界を超えてビジネスやプロダクトにも関心を持つ姿勢が必要です。これはビジネスやPOも同じです。
そして、何事もそうですが、正しさを目指してはいけません。
スクラムがいくら正しくできても、ビジネスやプロダクトがうまくいくとは限らないからです。スクラム、さらにいうとアジャイル開発はとても楽しい開発手法です。だから、大好きすぎて正しさを求め過ぎ、原理主義者に進化してしまう人も多くいます。
チーム内で熱量の差が生まれると、そこからメンバーの間にギャップが生まれてしまう可能性が高まります。熱意は双方向にぶつかって良い方向に向かうものです。熱量をきちんとうけとめ、消化できるチームを目指すといいでしょう。
そして、正しさを目指すよりも、自分たちが成し遂げたいゴールを達成できるかを考えるようになりましょう。
今回はスクラムチームの責任を解説しました。次回はスクラムイベントの具体的な実施方法を解説します。
連載一覧
第1回:アジャイル開発の過去、現在、未来を知ろう!
第2回:声に出して読みたいアジャイルマニフェスト
第3回:従来型開発とアジャイル開発の違い その1
第4回:従来型開発とアジャイル開発の違い その2
第5回:アジャイル開発のよくある誤解を解いていこう!
第6回:世界中で大人気の秘密に迫る!スクラムを使ったソフトウェア開発
第7回:わかるようでわかりにくいスクラムチームの責任
第8回:スクラムイベントの実践方法
第9回:エクストリーム・プログラミングとその価値
第10回:エクストリーム・プログラミングの原則と基礎プラクティス
第11回:エクストリーム・プログラミングの応用プラクティス
第12回:リーンソフトウェア開発
第13回:ソフトウェア開発における「かんばん」
第14回:さまざまな方法論 − リーンスタートアップ・DevOps