こんにちは、QAコンサルタントのツマミです。
皆さま、先日JIS※1スキーのツマミが報告しましたコラム、JIS Z 8520:2022「人間工学-人とシステムとのインタラクション-インタラクションの原則」はご覧いただけましたでしょうか。「インタラクションの原則」を知ってくださった方に是非お勧めしたいJISがありまして、またしても出張ってまいりました。
という訳で、次なるさんぽはJIS Z 8522:2022「人間工学-人とシステムとのインタラクション-情報提示の原則」。今日もまた、ゆるゆると楽しんでまいりたいと思います。
どうぞ皆さま、ちょっとした気分転換としてこのJISさんぽにお気楽にお付き合いの程、よしなに願い奉ります。
※1 JIS:日本産業規格(Japanese Industrial Standards)
今回のJIS
JIS Z 8522:2022「人間工学-人とシステムとのインタラクション-情報提示の原則」とは
この規格は前回ツマミがご紹介した JIS Z 8520:2022「人間工学-人とシステムとのインタラクション※2-インタラクションの原則」と同じく「人とシステムとのインタラクション」に関係するJISです。人とシステム(サービスであったり、プロダクトであったり)との間でのやりとり(インタラクション)について、システム側はどの様に情報を提示するべきかという原則がまとめられています。
残念ながら JIS Z 8520 と異なり例は少なく、 JIS Z 8520 が7つの原則に関して141例あったのに対し JIS Z 8522 は6つの原則に関して57例と約1/3の量に留まっています。これは例にあがっていることをそのまま製品やサービスの一部に当てはめても使いやすくならないからかもしれません。あるいは、もっと優れた設計解を考えて欲しいということかもしれません。
※2 インタラクション(Interaction):相互作用,相互の影響 Weblio英和辞典
なぜ、このJISを選んだのか
例が少ないにもかかわらず今回 JIS Z 8522 を選んだのは、前回の「JISさんぽ」で JIS Z 8520 を知って、ご自身が担当する製品やサービスを「もっと、もっと良くしたい!」と思ってくださった読者の方に改善の手掛かりがあることをお知らせしたかったからに他なりません。
JIS Z 8520 に添付されたチェックリストで問題を検出した時、ユーザーテストで被験者がどうしても先に進めない様子を目の当たりにした時など、問題があることは分かっても「何が、あるいはどこが問題なのか」は分からないことがしばしばあると思われます。ユーザーや被験者がどうして躓いて(つまづいて)いるのか、どこで躓いているのかについてこの JIS Z 8522 が「情報提示」という切り口で手掛かりを与えてくれることでしょう。
道行
まえがき、序文
まえがきは8行。前半で「一般社団法人人間工学会」と「一般財団法人日本規格協会」が原案を出したと記載されています。それとJIS Z 8522:2006からの改訂であること。 JIS Z 8522 とJIS番号と前版の年度が異なるだけで他は一字一句同じです。後半4行で示されている「この規格が著作権法で保護対象になっている云々」も全く同じです。「一般社団法人人間工学会」が関わっている点、改訂年度が2022年と揃っている点に、 JIS Z 8520:2022 と JIS Z 8522:2022のセット感を否応なく感じるツマミです。
序文も JIS Z 8520 とほぼお揃い。JIS Z 8522 には技術的変更に「一部の用語及び定義を削除」されている点と文章に側線が施された箇所がある点が JIS Z 8520 との様式的な違いのようです。
1章 適用範囲
この適用範囲で「モダリティ」という重要な言葉が登場します。「モダリティ」は3章の「用語及び定義」で「人間の感覚に基づくインタラクションの方法」であり情報通信技術で最も使われるのは「視覚、聴覚、触力覚」の3つであると補則が入っています。そしてこの章では「視覚、聴覚、触力覚の3つのモダリティ」を通じて「提示情報を(ユーザーが)知覚及び理解することに適用する」と述べられています。
つまり、システムが「見せたり、聞かせたり、触れさせたり(または押したり引いたり)」していることをユーザーが気付けるか、理解できるかについて述べられているのです。
ユーザーテストでユーザーや被験者が戸惑っているのを見て「えっ、マウスカーソルのすぐ横にボタンがあるやん」とか「なんで正しいボタンを押す直前に全く関係ないボタンとの間で迷うかな」とか思ってショックを受けた方、是非 JIS Z 8522 の4章~6章を読んでください。多分原因に気付けます。
2章 引用規格
JIS Z 8341-6:2013 高齢者・障害者等配慮設計指針-情報通信における機器、ソフトウェア及びサービス-第6部:対話ソフトウェア」の一部又は全部が本JISの要求事項だと述べられています。因みにJIS Z 8341 に記載されていることは具体的で最大公約数的な配慮事項です。プロ向けや専任者向けなどユーザー層を絞ったり、「県外から○○市に引っ越してきた方」など状況を絞ったりした際の製品やサービスとしての使いやすさを考えた場合、考え方を示している JIS Z 8522 の方が応用できるのではないかとツマミは考えています。
3章 用語及び定義
ここでは17の用語が定義されています。ですが(17の用語の内)5つの用語は「対応する国際規格で定義しているけれど JIS Z 8522 では使われている意味が違うため不採用」とされているのです。どういった用語なのか興味がある方は是非本JISを確認してみてください。
ここで寄り道。16個目の用語「ユーザビリティ」、17個目の用語「ユーザエクスペリエンス」には側線が引かれているのですが、側線にはどういった意味があるかご存知でしょうか?実は側線や下点線は、国際規格を基にして JIS を作成した時に、基の国際規格から編集上の変更や技術的差異が発生した時に使う記号になっています。
JIS Z 8522 にも色々な所に側線や下点線が引かれていますが、では側線と下点線の違いは何かご存知ですか?
これは線を引く文章の量にあるようです。JISを作成する際のきまり(JIS Z 8301 ※3)がJISにはあります(この JIS Z 8301 や関連JISがまた面白いのですが、それはまたいつか取り上げてみたいと思います)。併せて作成の手引き※4が用意されていますが、その8.3項に「編集上の変更及び/又は技術的 差異に該当する箇所が続けて 1 ページ近くにわたるときには,読みやすさという観点から,点線の下線ではなく,通常,側線を用いるのが望ましい」とあるのです。誰得なトリビアかもしれませんが、ツマミは本JISで違いに気付き、初めて興味をもって調べたところ使い分けがあることを知りました。
※3 JIS Z 8301 「規格票の様式及び作成方法」10.3 引用又は参照する場合の表し方
※4 JIS原案作成のための手引き(第21版)
4章 情報提示の概要
4章は4.2項「モダリティとメディア」に記載されている次の言葉さえ押さえておけばいいんじゃないかと思っています。
「ユーザーは、情報を理解(その意味を特定)する前に、提示情報を知覚(感知)しなければならない。」
ですが折角のさんぽ。ゆるゆると各項目を眺めていきましょう。
4.1 情報提示に関するISO 9241-100 規格群の出典及びその関係
4章では最初に他のISOやJISの他、企業が定めているガイドラインとの関係について言及されています。 JIS Z 8520が示す一般的推奨事項の内、情報を提示する際の原則や一般的推奨事項が JIS Z 8522で示されていること。更にISO9241-125など他の規格では特定領域における推奨事項や要求事項が示されていること。
企業や業界でのガイドラインにおける具体的な個々の作法に対して確立したり評価したりするときに本JISや関連するISO規格を使って欲しいと記載されています。いや、使って欲しいとまでは記載されていませんでした。「ISO規格における情報提示に関する規格群は、上記の”標準化された規約(ガイドラインに書かれている個々の作法などですね)”を確立又は評価する際に適用する。」と記載されています。
例えばガイドラインに「アクティブなウィンドウのタイトルバーは青にする」と記載されていたら、絶対に青にする必要があるのか、どうして青にする必要があるのかなどを裏付けたり、青色が適切であるか判断したりするために本JISや関連するISO規格を使うということですね。
4.2 モダリティ及びメディア
モダリティとは「人間の感覚に基づくインタラクションの方法」だと3章の「用語及び定義」に記載がありました。ここでは更に具体的に人間の「見る、聴く、触れる、嗅ぐ、味わう」の五感に基づいていると記載されています。情報通信システムでは「見る、聴く、触れる」が主に利用される感覚なので本JISでの推奨事項はこの3つの感覚(三感?)を代表にするというお断りが述べられています。
また、メディアとは1つ以上のモダリティに対して情報を提示するための手段であると定義されていて、メディアにおいてテキストは複数のモダリティが扱えるよう(音にしたり図にしたりと)形を変えやすいけれど非テキストは(インパクトが出せるけど)形は変えづらいということが述べられています。
そして「ユーザーは、情報を理解(その意味を特定)する前に、提示情報を知覚(感知)しなければならない。」から、情報提示に気付けなかったり、提供されたモダリティが利用できないと提示された情報をスルーしてしまったりすることがあると記載されています。
4.3 アクセシビリティ
ここでは、プラットフォームが提供するアクセシビリティサービスを使って支援技術と連携することを定めています。
4.4 ユーザーに対する行動のガイド
情報の提示の仕方として、あれこれ指示をするのではなくユーザーの行動をサポートするように勧めています。
4.5 提示情報の審美性
審美的な効果(フラッシュや音、振動など)はユーザエクスペリエンスを向上することもあるけどユーザビリティを低下させることもあるから気を付ける必要があると記載されています。
審美的な効果は、情報の受け手側の文化だけでなくその時の周りの環境や受け手側の気分や体調によってプラスに働いたりマイナスに働いたりすることがあります。適切な情報提供ができるよう、是非早い段階からユーザビリティチェックやユーザーテストを行うことをお勧めします。
5章 原則の概要
さて、いよいよ本JISの本題に入っていきます。
ここでは次の6つの原則が示されています。
①気付きやすくする、②注意を逸らさないようにする、③区別しやすくする、
④解釈しやすくする、⑤簡潔にする、⑥内部一貫性及び外部一貫性を保つ
この6つの原則は5.3項「個々の原則間の関係」で述べられているように、一方の対策を強化すると他方が悪化したりとトレードオフの関係になることもままあります。
このため、エンドユーザーや環境などを考慮して優先事項を決めていくことが推奨されています。
6章 原則及び推奨事項
ここは是非、本JISを読み込んで欲しい所です。p.9後半からp.20に亘って記載されており、1つの原則に対して数個の推奨事項が挙げられています。具体例は、あったり無かったりします。良くある対策として他の対策と競合しづらい例が挙げられている印象をツマミは抱きました。
皆さんに目を通していただくきっかけになるよう原則と推奨事項をまとめておきます。
6.1 気付きやすくする
a)目立たせること、b)タイムリーに提示すること、c)コントロール部品を気付きやすく設計すること、d)(続きがあるなら)続いていることがわかるようにすること
「(続きがあるのに)続いていることがわからない」のはWebカタログなどのユーザー評価で良く見つかる指摘事項です。画面内にアイテムが綺麗に収まっていて続きがあることに気付けない。更におしゃれな細いスクロールバーはマウスオーバーしないと目立たないため「コントロール部品が気付きづらい」という合わせ技が発動。配慮を忘れると「ユーザーテストの被験者がことごとく目当ての商品を見つけることができずページを離脱する」といった悲劇が起こりがちな原則です。
6.2 注意を逸らさないようにする
a)注意を逸らすことを回避する、b)注意を逸らすことを最小限に抑える
少し禅問答のような原則と推奨事項ですが、メインの情報より広告が目立つようなつくりを避けたり、音声で情報を提示する際は背景音を予め絞ったり、消音できるようにしたりすることが具体的な対策例となります。
6.3 区別しやすくする
a)情報を構造化する、b)情報に応じた属性を付与する、c)近接の法則を利用してグループ化する、d)類同の法則を利用してグループ化する
「情報の構造化」は設計者の腕の振るいどころ、将来的に情報や導線が増えたり減ったりすることも視野に入れて構造化を図ってください。
6.4 解釈しやすくする
a)意味を理解しやすくする、b)意味を明瞭にする、c)(ゲシュタルトの)閉合の法則の利用、d)文章に統一性がある、e)メディア及びモダリティの適切な選択及び利用、f)ユーザーの能力への配慮
「解釈しやすくする」と言っている端から「閉合の法則」とか意味の分からない単語が出てくるのは何だろうと思ってしまうのですが、情報に欠けがあると欠けた部分を補って完全なものとして認識しようとする情報の受け取り方の傾向だそうです。そのような傾向がなぜ「解釈しやすくする」ことに使えるのかは是非、本JISに当たってくださいね。
6.5 簡潔にする
a)内容の簡潔さ、b)手段(操作法)の簡潔さ
ここは、推奨事項通り簡潔で分かりやすい原則ですね。全くその通りだと思います。
6.6 内部一貫性及び外部一貫性を保つ
この項だけ”a)”といった書き方と異なるので、記載ルールの一貫性が保たれていません。態と一貫性を崩すことで一貫性の重要さを伝えようとしているのでしょうか?
システム内で使う用語が一意に定まっていることやHELPボタンをクリックすると必ずHELPが表示されるといったシステムと利用者間におけるお約束がしっかりと守られている方が分かりやすいということです。
画面の一部を改修する時にUIの一部だけを修正すると使いづらくなってしまう事もありますので、ユーザビリティを改善しようとする場合は従来のユーザビリティが今一つなシステムの一貫性を破綻させずに使いやすいUIを設計するといった神業を求められることもままあります。
参考文献
本JISを策定するための参考文献となった18点の資料が並んでいます(1点は削除されているため実質17点)。もし、本JISに触れて更に色々と知りたいとなったならこれらの資料にも是非あたってみてください。
懐かしい(懐かしいのはツマミだけかも)JIS Z 8524「人間工学-視覚表示装置を用いるオフィス作業-メニュー対話」が挙がっていますし、JISさんぽ(1)で取り上げたJIS Z 8520「人間工学-人とシステムとのインタラクション-インタラクションの原則」も挙がっています。
附属書JA(参考) JISと対応国際規格との対比表
本JISとISO9241-112:2017との対比が一覧表となっています。説明が追加されている箇所が多く、国際規格と一致させるための苦労があるのだなぁなどと勝手に思ってしみじみとします。
削除された6.4.2.4項の記載例は文章の時制に関わる例のようで、思わず半世紀近く前にお世話になった英語の先生のご尊顔が頭をよぎりました。
以上がJIS Z 8522:2022「人間工学-人とシステムとのインタラクション-情報提示の原則」となります。
今日見つけた宝物
「ユーザーにとって違和感のない慣習との一貫性」
この宝物はJISの最終項6.4.2.4項なのですが、既存のユーザーを思いやった素晴らしい原則だと思います。UI設計に携わる方は、従来の操作に慣れたユーザーのことも置き去りにしないように是非工夫してください。場合によってはちょっとした配置換えが大きな事故につながることさえありますので。
さてさて今日も最後までお付き合いくださりありがとうございます。本日の道行きはいかがでしたでしょうか。次のさんぽはJIS S 0137「消費生活用製品の取扱説明書に関する指針」などいかがでしょうか。JIS C 0448「表示装置(表示部)及び操作機器(操作部)のための色及び補助手段に関する規準」も捨てがたいんですよね。全く別のJISになるかもしれませんが、次回またご一緒できますことを楽しみにしております。