【第3回】AI時代に問い直すドキュメンテーション——「主張」から「伝達」へ

前回はエントリーキャリアの方に向けて、在宅勤務における「他人を思いやる力」を具体的な行動レベルで深掘りしました。

連載第3回となる今回は、対象を少し広げ、中堅(ミドルキャリア)のQAエンジニアの皆様に向けてお話ししたいと思います。テーマは、実務とエンジニアの「心(マインドセット)」を照らし合わせた、「コミュニケーションに重点を置いたドキュメンテーション」 についてです。

記事一覧:AI時代だからこそ「あなたにお願いしたい」と頼まれるQAエンジニアになろう

AIにお任せしてコミュニケーションを放棄していませんか?

本題に入る前に、少し今の時代背景を振り返ってみましょう。
ChatGPTをはじめとするLLM(大規模言語モデル)の登場により、私たちの文章作成のあり方は劇的に変わりました。仕様書のたたき台、コードのドキュメント、日々のメールまで、AIは驚くほど流暢なテキストを瞬時に生成してくれます。

その一方で、AIが生成した文章に対して「AIっぽいな…」「なんだか人間味がないな」と感じた経験はないでしょうか?
ここ最近では、「AIが出力しがちな語彙」というトピックが結構目に入るようになってきました。私自身も日頃から生成AIを活用していますので、「おっ、この言い回しは自分がいつも見ている回答にも使われがちだな」と思うことは多々あります。他人に向けた文章として引用する場合は、わざわざAIの回答から仰々しすぎるような記載を削除することもあります。

しかし、「AIっぽさ」の正体は単なる語彙力や表現力の問題とは限りません。もっと根本的な 「コミュニケーション」 にあると思います。AIを使いこなす時代だからこそ、エンジニアとして、一人の人間として、私たちが本当に磨くべきスキルについて考えてみませんか。

AIの文章が見抜かれる本当の理由

結論から言うと、AIが生成した文章に人間味が感じられない根本的な原因は、「誰に、何を伝え、どう行動してほしいか」という意図や目的が込められていないからです。

これは、プロンプトエンジニアリングのテクニック以前の、もっと本質的なことです。どんなに優れた技術や事実も、それを伝える「目的と意図」がなければ、相手には届きません。目的のない文章は、単なる事実の羅列、つまり一方的な「主張」で終わってしまうのです。

「主張」と「伝達」の決定的な違い

コミュニケーションにおける「主張」と「伝達」の違いを、日常の「地図アプリ」の例えで考えてみましょう。

AIが書きがちな「主張」

「この地図アプリは、高解像度の地図データと高精度ルーティングエンジンを搭載しており、オフラインでも動作します」

これは単なるスペックの提示であり、事実の「主張」です。

人間が設計すべき「伝達」

「この地図アプリがあれば、初めての街への出張でも乗り換えに迷わず、約束の5分前に余裕をもって到着できます」

こちらは、「初めての街に向かうビジネスパーソン」というターゲットに、「迷わず到着し、時間に余裕が生まれる」という未来(メリット)を届けることで、インストールや有料プランへの登録といった行動を促す、明確な目的と意図を持った「伝達」になっています。

これはマーケティングの世界で言われる「ドリルと穴」 の話と同じです。「顧客が求めているのは『4分の1インチのドリル』ではなく、それによって開けられる『4分の1インチの穴』である」という、手段(ドリル)よりも目的または価値(穴)の重要性を説く有名な格言です。

この差は、エンジニアの日常業務にも当てはまります。仕様書やドキュメントは、単なる機能の「主張」に終わっているかもしれません。読み手(他のエンジニアや企画職)が「何をすべきか」を明確に理解できる「伝達」になっているでしょうか。

QAエンジニアのドキュメンテーションでは伝達力も大事な要素

QAエンジニアが作成するドキュメント群においても同じことが言えます。これらは単なる「事実の列挙」ではありません。プロジェクトを健全な方向に導くための「意思決定支援のためのツール」であるべきです。ここで求められるのが、事実を並べるだけの「主張」を超えた、相手を動かすための「伝達力」です。

なぜQAにとって伝達力が重要なのか、3パターンの成果物からその本質を深掘りします。

1. テスト計画・QA戦略: 品質の「定義」を共有し、目線を合わせる

テスト計画書やQA戦略を策定する際、単に「どの機能を、いつまでに、どうテストするか」というスケジュールや手法を羅列するだけでは不十分です。
大切なのは、「今回私たちが守るべき品質とは何か?」という目的を言語化し、関係者に伝達させることです。

  • 主張: 「全機能を網羅的にテストし、重大なバグがないことを確認します」
  • 伝達: 「今回のリリースでは新機能のUX向上に注力するため、決済導線の安定性を最優先事項として定義し、そのためのエッジケース検証を重点的に実施します」

このように、守るべき価値を言語化することで、PdMや開発者と「品質に対する納得感」を共有でき、品質においてプロジェクト全体が一貫した方向性を持てるようになります。

2. テスト分析・設計:専門家としての「根拠」が信頼を作る

「なぜそのテストが必要なのか」という根拠が伝わるドキュメントは、QAエンジニアとしての専門性を示す重要な成果物になります。
「仕様書に書いてあるから」という受動的な理由ではなく、「このリスクを排除するために、この観点でのテストが必要である」という意図を分析結果に込めることが重要です。

設計意図が伝達されているドキュメントは、開発者にとって「この人がここまで考えてくれているなら、このテストをパスすれば安心だ」という信頼感にもつながります。この積み重ねが、QAチームの組織内におけるプレゼンス(存在感)を高めていくのです。

QAエンジニアの成果物には、コードのように「動作する・しない」という明確な成立条件がありません。だからこそ、あなたにしか考えられない「根拠や意図」こそが、成果物の価値やあなたの専門性を決定づけるのです。

3. 不具合起票:チームを「修正」へと突き動かす

不具合報告(バグチケット)こそ、最も伝達力が試される場所です。単に「期待値と異なる挙動」を報告するだけでは、それは単なる事実の「主張」に過ぎません。
優れたQAエンジニアは、「この事象によって、誰が、どのように困るのか(ビジネス・ユーザーへのインパクト)」 を明確に伝えます。

  • 単なる事実: 「ボタンの反応が3秒遅れます」
  • 伝達力のある報告: 「初回利用ユーザーがこの遅延に直面した場合、アプリがフリーズしたと誤認し、離脱率が上昇するリスクがあります」

特に修正可否の判断が難しい境界線上の不具合において、あなたの伝達力が試されます。エンジニアやPdMに対し、重篤度(Severity)や優先度(Priority)を意思決定するための「温度感」を専門家としての立場から正しく伝え、チーム全体を「これは直すべきだ」という合意形成へ導くこと。これこそが、プロダクトの品質を左右するQAの真の価値です。

誰の目から見ても明らかな不具合だけでなく、「あなたしか気づいていない、潜在的なリスクや使い勝手の欠陥」 を見つけたとき。それを単なる主張で終わらせず、価値ある改善へと変えられるかどうかは、あなたの「伝達力」にかかっているのです。

AI時代に、私たちが本当に磨くべきスキル

AIは、文章の「下書き」や「壁打ち相手」として非常に強力なツールです。しかし、AIが生成したテキストを鵜呑みにして、そのまま利用することは、「私は読み手のことを何も考えていません」と公言しているに等しい行為です。それは思考の放棄であり、コミュニケーションの放棄に他ならなくなってしまいます。

私たちの仕事は、コードやテストを書くだけで終わりません。プルリクエストのコメント、設計思想を伝えるドキュメント、チームメンバーとのチャット。そのすべてが、目的を持ったコミュニケーションです。私自身もQAエンジニアで、私のチームでもAIを用いたテスト設計が進んでいます。そこでも全く同じことが言えると思っています。

AIが私たちの知的労働の一部を代替してくれる時代だからこそ、私たち人間が磨くべきなのは、AIには(まだ)できない、この 「コミュニケーションを設計する力」 ではないでしょうか。

技術がどれだけ進化しても、その中心には常に「人」がいます。AIという相棒は強力です。この強力な相棒を手に入れた今だからこそ、コミュニケーションの基本に立ち返り、思考する価値を、再認識すべきなのかもしれません。

【連載】AI時代だからこそ「あなたにお願いしたい」と言われるQAエンジニアになろう

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SQRIPTER

北村 駿(きたむら しゅん)

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元バンドマン・元バーテンダーのQAエンジニア。現在はとあるQA組織の内製化とQAテックリードを担いながら、ピープル・ワーク両面でマネジメントも奮闘中。

Xアカウント: https://x.com/max_qae
Zenn: https://zenn.dev/max_qae

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