
エンジニアのキャリアにおいて、技術を極め続けるICとしての道が理想とされることも多い一方で、現実には企業によってICキャリアが用意されていないことも少なくはありません。
もし、あなたがQA技術者のトップとしてだけではなく、QAマネージャーという立場で誰かの将来も同時に背負うことになったとき、一体どう立ち振る舞うべきでしょうか。連載の最終章となる今回は、前回までとは少し趣を変え、マネージャーの観点も含めて「メンバーと一人の人間としてどう向き合うべきか」というテーマでお話しします。
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シニアが直面するかもしれない、とある「孤独」
あなたがもし組織のリーダーとして頂に立つと、きっとメンバーを手塩にかけて育てることでしょう。そのうち、「右腕」と呼べる大切な存在が生まれるかもしれません。しかしその時、もしかしたらこんな悩みに出会うかもしれません。
「自分のチームメンバーは、どんなミッションも完璧にこなしてくれる。でも、私の『理想』は体現してくれない。特に右腕にはもっと多くの理想を体現してほしい!」
このような寂しさを感じるかもしれません。でも、その正体は、「機能的な右腕」と「精神的な右腕(イズムの継承者)」のズレにあります。メンバーはあなたの「忙しさ」を分かち合ってくれるかもしれませんが、あなたの「孤独や葛藤」を分かち合ってはくれないものです。特にあなたの右腕には多くを求めてしまうかもしれませんが、それは右腕であっても同じで、そういうものなのです。
立場が全く異なるため、もしかしたら彼は優秀な右腕であっても、「理想を継承した右腕」ではないのかもしれません。
全てを一人に求めないことも「信頼」の一つ
もし、あなたが「理想の継承」と「実務遂行」をメンバーや右腕に同時に求め、それが叶わないことに寂しさを感じているなら、組織には2つのタイプの人材がいることを思い出してください。
- 宣教師タイプ: ビジョンに共感し、その「意図」を追い求める人。
- 傭兵タイプ: プロとして「どうやるか」を極め、タスクを完遂することに喜びを覚える人。
あなたがそのように悩むのは、あなたの右腕は、極めて優秀な「傭兵」タイプなのでしょう。もし彼がそうでなかったら、今の現場はこれほど円滑に進んでいなかったはずです。「安心して背中を預けられる存在」。この役割の徹底こそが、右腕なりの「合理的配慮」であり、相棒の形なのです。
「思い通りにならない他者」へ敬意を
そんなメンバーや右腕と仕事をしていくことで大切になるのが、「思い通りにならない他者」への敬意です。
「思い通りにならない」という事実は、相手が自分とは異なる独立した人格(心、背景、論理)を持っているという証左でもあります。その「違い」や「ままならなさ」を否定してコントロールしようとするのではなく、そこに他者の存在を認めて敬意を払うというのは、成熟した対人関係への第一歩かもしれません。
この考え方には、いくつかの重要な側面が含まれています。
- コントロールからの解放: 相手を自分の期待通りに動かそうとする気持ちを手放すことで、相手も、そして自分自身も不必要な葛藤から解放されます。
- 他者性の受容: 自分にとって都合の良い部分だけでなく、理解できない部分や意に沿わない部分も含めて「その人である」と認める姿勢です。
- 期待の適正化: 「敬意」は諦めるような冷たさではなく、「相手には相手の正義や事情がある」と想像力を働かせる温かい距離感を作ることにつながります。
自分の思い通りにならない時こそ、相手の「個」が最も強く現れている瞬間だと言えるのかもしれません。その「個」をありのままに尊重したその先に、私たちはようやく、彼がなぜあなたの理想に触れようとしないのか、という次の問いに向き合えるようになります。
あなたがもしそれでも「精神的な右腕」を求めてメンバーに理想の体現を求めているなら、まずメンバーが自立することが大切です。そのためには、「主語」を取り戻す手助けをする必要があります。
あなたの右腕は主語を失っているのかもしれない
手前味噌ですが、私の昔書いたブログを引用させてください。
「迷った時は、主語を取り戻そう」/MAX
https://zenn.dev/enjapan/articles/bca0153009c7ef
あなたのメンバーや右腕が理想を体現してくれないとき。それは彼らが 「主語=私」を失い、「他人軸」で生きているから かもしれません。
リーダーの期待に応えたい、リーダーが言ったからやる……。こうした「他人軸」で動いている間、人は「私はどうしたいのか?」という問いを失います。主語を失った状態では、自分の選択を環境や他人のせいにしてしまい、自分のキャリアに「手応え」を感じられなくなります。そのような状態で、メンバーが同じ理想を共にすることは不可能です。メンバーを可愛がるあまり、メンバーの役に立つために答えを与え続けていませんか?もしくは、自分の力を誇示しようとはしていないでしょうか?
「主語を取り戻す」とは、自分の内側から問いを発し、その答える責任も、行動も、自分で引き受けることです。メンバーがあなたの思う理想の右腕になってほしいと思うのであれば、今すぐあなたという「正解」を追うことをやめさせ、彼自身の「主語」を確立させるプロセスが必要です。
アドラー心理学が教える「水平な関係」と「課題の分離」
この「主語の奪還」を支える土台が、アドラー心理学です。
アドラー心理学の核心は、全ての対人関係を「垂直(上下)」ではなく 「水平(対等)」 として捉えることにあります。彼があなたを「師」として仰ぎ、あなたがそれに応えて正解を与え続ける限り、二人の関係は「垂直」なままです。垂直な関係では、メンバーは決断の責任を師に委ね、「選ばされた」という受動的な立場でい続け、結果として主語を失います。
ここで重要なのが 「課題の分離」 です。
「メンバーが私の理想を学ぶかどうか」は、メンバー自身の課題であり、あなたの課題ではありません。あなたが無理に学ばせようとすることは、相手の課題に土足で踏み込む「垂直な介入」です。
シニアの役割とは、メンバーを「未熟な部下」ではなく「一人の自立したエンジニア」として扱い、彼ら自身が自分の課題に向き合えるよう 「勇気づけ(エンカレッジメント)」 を行うことです。あなたが偶像の椅子から降り、対等な目線で「信頼」を伝えること。それが、彼に「自分の主語で生きる責任」を自覚させる第一歩となります。
オープンクエスチョン——自分自身に責任を持つ
水平な関係を構築し、メンバーに主語を取り戻させるための具体的な「技」が、オープンクエスチョン(開かれた質問) です。これは単なる会話術ではなく、相手に「自分自身に責任を持つこと」を教えるための大切な行動なのです。
「はい/いいえ」で答えられる質問(クローズドクエスチョン)は、あなたの正解をなぞらせるだけの「試し行為」にすぎません。 そうではなく、相手の内側から「私はこう思う」を引き出す問いを投げかけます。
- 「この目標で大丈夫か?(垂直な確認)」ではなく、
- 「この目標を実現した先に、君はどんな自分でありたい?(水平な対話)」
あえて答えを言わず、相手が自分の言葉で語り始めるまで静かに待つことも大切です。この沈黙の時間こそが、私のブログにもあるような、相手が他人軸ではなく、主語を自分の手に取り戻すための時間になります。マネージャーが責任を持って「決断を委ねる」ことで、メンバーは初めて「自分の声」を聴き直すことができるようになります。
結び:大いなる力には、大いなる責任が伴う
第1回で、私はこう書きました。
「大いなる力には、大いなる責任が伴う」。
あなたが積み上げてきた「心・技・体」という大いなる力。その力を、自分一人の成果や賞賛のためだけに使うのは、前回お話しした「深夜のラーメン(目先の快楽)」に負けるのと同じです。シニア、そしてマネージャーとしての真の責任とは、自分一人が高く登ることではありません。「あなたがいなくなった後も、自分の主語で走り続けられるエンジニアを育てること」 にこそ、その本質があります。
それは、あなたという「人間」にしか作ることができない、しかしあなたが居なくなった後も組織の中で回り続ける「真の属人的な仕組み」です。これこそが、他の誰でもない「あなた」にしかできない仕事であり、創造できない価値なのです。
右腕があなたの理想を完全に理解してくれないと寂しいかもしれません。ですが、承認欲求による関係は、相手を自分の目的のための「対象」として扱っているに過ぎません。これは、あなたが頭の中に投影した理想の相手と対話しているに過ぎず、目の前の生身の人間とは一度も目が合っていません。 目の前の相手と目が合わせられなければ、初めからそのメンバーと出会っていなかったことと同じです。
あなたがチームのトップとして必要なことは、対話を試み、相手を信じ続けることです。自分をいつか超えていく存在を生み出すためには、偶像の椅子から降りて自分の鎧を脱ぎ、対等な視座で「信頼」を伝え続けなければいけません。
あなたが育てたエンジニアが、自らの足で立ち、あなたを追い越していくその瞬間、あなたの「心」は、別の誰かの「体」となって生き続けます。彼らはあなたの心を受け継いで、外の世界から吸収し、あなたに新しい視点をもたらす特別な存在になってくれます。その時、あなたは一人のリーダーとして、もう孤独ではありません。
大いなる力を、大いなる責任へ。
技術だけでなく「心」を。より良いQAエンジニアの未来を、ここまで読んでくれたあなたと共に。
(連載完)

