
この連載は、登場して20年が過ぎ、成熟期を迎えつつある「アジャイル開発」を解説します。アジャイル開発については、世の中にたくさんの書籍や情報があふれていますが、アジャイルコーチとして10年以上の現場経験をもとに、あらためて学び直したい情報を中心にまとめていきます。
第1回目のテーマは、「アジャイル開発の過去、現在、未来を知ろう!」です。
この内容はUdemyで公開しているオンラインコース「現役アジャイルコーチが教える!半日で理解できるアジャイル開発とスクラム 入門編」の内容を元にしています。
アジャイルの現在位置
上記の図は、平鍋健児さんという方が2010年に発表した『アジャイル開発の現在・過去・未来~今を知り、源流を訪ね、先を見据える』から引用した図です。アジャイル開発が生まれるまで、生まれてからの流れがとても良くわかるすばらしい資料なので、読み解いてみましょう。
アジャイル開発は2001年頃に生まれました。ただ、その前から様々な方法論がありました。たとえば、図の左上にある「EVO」、「FDD」、「Crystal」は、アジャイル開発が登場する前に生まれた開発手法です。
その下には「Patterns」や「TPS」が並んでおり、そこから「XP」につながっています。Patternsは、建築家クリストファー・アレグザンダーが考えたパターンランゲージが元になっています。パターン・ランゲージとは、「こういった場合だと、この方法がいい」といったパターンを解説したものです。この考え方をソフトウェア開発に取り入れたのがXP(エクストリーム・プログラミング)です。TPSはトヨタ生産方式(Toyota production system)です。TPSは日本企業であるトヨタが考えた手法で、もともとは自動車の生産に関係する方法論でしたが、XPだけでなくLean(リーン)やScrum(スクラム)など、様々なソフトウェア開発手法にも影響を与えています。
さまざまな流れは、現在主流になっているスクラムなどを巻き込みながら、「アジャイル開発」へとつながっていきます。
アジャイル開発が誕生した後にもさまざまな方法論や手法が登場しています。たとえばリーンスタートアップがきっかけになってリーンUXなど、リーンの考えをベースとした手法がいろいろ出てきました。また、さすがにXPやスクラムといった有名な手法を超えるものは少ないですが、DevOpsのような考え方も今では当たり前になってきています。
さらに、ソフトウェアの開発方法だけでなく、ソフトウェア開発における組織論、大規模開発などにもアジャイル開発の思想は広がっています。
アジャイルマニフェストの誕生
アジャイル開発は2001年に生まれたと書きましたが、その誕生には面白いストーリーがあります。
2001年、アメリカのソルトレイクシティに、開発手法に詳しい17人が集まり議論を行いました。当時は会議室が見つからず、しかたなく空いていたスキーリゾートを予約して集まったそうです。
その議論の結果、「アジャイルソフトウェア開発宣言(通称:アジャイルマニフェスト」が誕生しました。このアジャイルマニフェストの誕生が、アジャイル開発の誕生となっています。アジャイルマニフェストは、以下のような1枚のWebページで公開されています。
この時の様子は、アジャイルマニフェストの背景にも描かれています。背景をみると、ホワイトボードのようなものの前に、幾人かの男性が集まって話し合っている姿があります。ひとりはこちらを向いて、ホワイトボードのどこかを指差しているように見えます。おそらく、こちらを向いている人は、書籍『リファクタリング』などで有名なマーティン・ファウラー氏です。それ以外の背を向けているメンバーも、スノーバードに集まった17人の方法論者です。
また、アジャイルマニフェストの下側には、集まった17人の署名があります。名前を見てみると、世界初のWikiを開発したワード・カニンガム氏や、エクストリーム・プログラミングの生みの親であるケント・ベック氏、スクラムの生みの親であるジェフサザーランド氏なども名を連ねています。

アジャイルマニフェストは、わずか10行の文章でしかありません。しかし、このわずか10行のテキストが世界中へと広がり、今では一般的に使われる手法へとなりました。その証拠に、アジャイルマニフェストのページを下にスライドさせていくと、他の言語に翻訳されたページへのリンクが並んでいるのがわかります。この記事を書いている時点では、68の言語に翻訳されているようです。

アジャイル開発の10年、20年
毎年アメリカで開催されるアジャイルカンファレンスは、世界最大のアジャイル開発に関するカンファレンスです。

2011年は、アジャイルマニフェストが誕生して10年たった記念すべき年でした。その誕生を祝して、アジャイルカンファレンスにおいて、特別なイベントが開催されました。
イベントのテーマは「Back to where it all began. Back to the future」です。日本語に訳すと「すべてのはじまりの場所に帰ろう。そして未来へと進もう」という内容で、ケント・ベック氏を除く16人の署名者が集まり、当時を振り返りました。このときのレポートは、アジャイルマニフェスト署名者たちが再会する「The Big Park Bench」~Agile 2011 Conferenceに書いたので、当時の熱気を感じたい方はぜひ一読ください。
現在では、アメリカだけでなく、ヨーロッパでも1000人規模のイベントが行われています。もちろん国内でもたくさんのイベントや勉強会、コミュニティが生まれています。日本語に訳された書籍だけでなく、日本語の書籍もたくさん登場しました。アジャイルマニフェストは、現在も広がり続けているのです。
アジャイルマニフェスト20周年となる2021年にも、誕生を祝うイベントがありました。残念ながら、コロナ禍だったのでオンラインイベントとなりましたが、数人の署名者がスノーバードのホワイトボード前に集まるイベントでした。こちらも動画が公開されているので、ご興味があればぜひご確認ください。
アジャイル開発の現在と未来
アジャイル開発の現在から未来を見ていきましょう。この数年のニュースを調べてみると、現在に至るまで、アジャイルの広がりがよくわかります。海外に目を向けてみると、80%以上の企業がアジャイル開発を取り入れているというデータもあります。
ただ、アジャイル開発はその国の文化にも影響を受けており、日本や香港の場合、ウォーターフォールのような従来型の手法が根強いため、なかなかアジャイル開発の導入が進まないケースもあるようです。
では、なぜ、ここまでアジャイル開発がメインストリームとなったのでしょうか?
その理由はいくつかありますが、まず、変化の激しい時代になったからでしょう。作れば作るほど売れる時代から、消費者ですら何がほしいかわかっていない時代になっているため、消費者のニーズを掘り当てながら進んでいく開発が必要になりました。
また、技術の進化もアジャイル開発に影響を与えています。たとえば、クラウド・仮想化・コンテナといった技術は、開発にスピードや柔軟性といった恩恵を開発者に与えました。手軽に使えるサービスや技術を活用しながら、よりアジャイルに開発ができるようになってきています。
最後に、アジャイル開発が成熟したこともあげられます。アジャイル開発はその名の通り、ソフトウェア開発が中心の理論でしたが、プロダクトマネジメントやビジネス、あらゆる仕事にその考え方が浸透し、広がっています。もうアジャイル開発はソフトウェア開発だけのものではなくなってきています。
これらの状況をふまえて、アジャイル開発の未来をちょっとだけ考えてみると、アジャイル開発はプロダクトマネジメント、テストや品質などを中心に議論が進んできています。この10年でアジャイル開発は当たり前になりました。ニューノーマル(新たな常識)と言えるかもしれません。さらに10年でプロダクトマネジメントやテストや品質分野が成熟していく可能性を秘めています。
さらに、アジャイル開発の拡大を元に、組織やスケールが課題になりつつあります。よって、アジャイル開発に対応するために、企業レベルの変化が求められていく可能性もあります。
連載一覧
第1回:アジャイル開発の過去、現在、未来を知ろう!
第2回:声に出して読みたいアジャイルマニフェスト
第3回:従来型開発とアジャイル開発の違い その1
第4回:従来型開発とアジャイル開発の違い その2
第5回:アジャイル開発のよくある誤解を解いていこう!
第6回:世界中で大人気の秘密に迫る!スクラムを使ったソフトウェア開発
第7回:わかるようでわかりにくいスクラムチームの責任
第8回:スクラムイベントの実践方法
第9回:エクストリーム・プログラミングとその価値
第10回:エクストリーム・プログラミングの原則と基礎プラクティス
第11回:エクストリーム・プログラミングの応用プラクティス
第12回:リーンソフトウェア開発
第13回:ソフトウェア開発における「かんばん」
第14回:さまざまな方法論 − リーンスタートアップ・DevOps



