
帰納的な推論 と 発見的な推論(アブダクション) は、
私たちがソフトウェア開発の現場/実務で(知らず知らずにでも)駆使している思考の形です(それどころか日々の暮らしでも使っています)。
それほど“自然な”思考の形ですが、どんな考え方で、どんなところに注意すると質の高い思考ができるのか、基本知識を押さえておくと実務のレベルアップにつながります。
今回からしばらくは、帰納的な推論 の考え方を見ていきます。
今回は帰納的な推論の“おさらい”と、いくつかある「形」の紹介です。
帰納的な推論とは
共通項を見つけて一般化する

図2-1は、以下の特徴を持つ帰納的な推論の例です。
- 一般化
- (A)(B)とも、有限個の 事例に“共通項” (共通する属性、特徴、法則性、etc.)を見出し、
「夕焼けが見られた日」全体や「着飾って出かけた場合」全体に 一般化しています。
- (A)(B)とも、有限個の 事例に“共通項” (共通する属性、特徴、法則性、etc.)を見出し、
- 蓋然的
- (A)は過去に観測した天候、(B)は自身の過去経験という 有限個の事例から全体に 話を広げており、“間違い”の可能性を含みます。
(当てはまらない場合を見落としている、未来の新たな事例には当てはまらないかも知れない、etc.)
- (A)は過去に観測した天候、(B)は自身の過去経験という 有限個の事例から全体に 話を広げており、“間違い”の可能性を含みます。
“共通項”とは次のようなものごとを指します。「見てすぐわかる」ものばかりでないこともあります。
- 共通する属性、特徴。
- 「事例にはすべてAという属性や特徴が見られる」
- 共通する法則性(相関関係、因果関係、etc.)。
- 「事例がPという属性/特徴を持っている時は、必ずQという属性/特徴も具えている」
- 「事例にPという事象があった場合、必ずQという事象を生じている」
法則性については、「共通している」からといって本当に関係があるかどうかは深く調べないと判らない点に留意しましょう(隠れた要因が存在する「擬似相関」かも知れませんし、「偶然の一致」であることもあり得ます)。
一般化の原理
帰納的な推論では、前提と結論との間に必然的な関連がない以上、事例や一般化される共通項には“納得感”――「確かに共通しているものがある」「確かにすべての場合に言えそうだ」と思えることが求められます。
- 前提で取り上げる事例が恣意的なものでないなら、納得感は強い
(対象全体から偏りなく選ばれたものなら、なお好ましい) - 共通項は事例にとって偶然的なものでなく、本質的・必然的な関連があると、納得感は強い
後者の「本質的・必然的な関連」には 自然の斉一性 や 因果性 が根拠になります(どちらも、私たちが知らず知らず当てにしている考え方です)。

- 自然の斉一性:自然現象には法則性があり、同じ現象は、同じ条件の下でなら同じように起こる、と見る考え
- 因果性:ある現象/性質/属性/特徴/etc. には、それを生じさせた原因がある、とする考え
図2-1の例では、(A)は過去何度も観測した出来事を事例としており、偏りも小さそうです。見出した「法則」は自然現象として因果関係が説明可能で、“納得感”は強いでしょう。
(B)は、事例に偏りはないかも知れませんが、数が気になる(少ないのでは?)ほか、印象が強かったことを選択的に記憶している可能性があります
(たとえば、デートでは雨に降られたことがないが、それがいつものことなので記憶に残っていないのかも知れない)。
また、「着飾って外出すること」と「雨に降られる」こととの間には、(A)ほどの必然的な関連はないでしょう。
(A)に比べると“納得感”は弱いと言えます。
帰納的推論の形
事例を挙げて、共通項を見出し、対象全体に一般化する筋道にはいくつかの考え方があります。
次の章から見ていきましょう。
完全枚挙 ――事例をすべて列挙する
有限の事例をすべて列挙 し、それらの共通項を一般化することを 枚挙的完全帰納法 といいます。

形は帰納的な推論ですが、「一般化」の観点からすると帰納らしくありません。
- 対象の事例を 全網羅 できたなら、それは 「全称判断の演繹的推論」と同じ と言えます
- 「すべての事例には共通項Pがある。従って、すべての事例には共通項Pがある」と
言っているわけで、
一般化も何も「判っていることを言い直している」に過ぎず、
前提から結論に何の飛躍もなく、「新たな発見」も感じられません
以上から、帰納的推論である意味が薄いと言えます。
枚挙的帰納 ――帰納的推論の“基本形”
有限の不完全な列挙から結論を導く

図2-3の(A), (B)とも、 有限の事例の列挙 から 共通項 を見出し、それを 一般化 して:
- (A)では「入力欄はすべてある特殊文字を入力した時にフリーズする(すべての事例は共通項Pを持つ)」という結論を、
- (B)では「ソフトウェアXは、ソフトウェアZがプリインストールされている機種なら必ず故障Fを起こす(すべての事例において、共通項Pを持つものは必ず共通項Qを持つ)」
という結論を、
それぞれ引き出しています。
このような、有限の不完全な列挙から結論を導くものを「枚挙的帰納」といい、帰納的推論の基本的な形です。
蓋然性の度合い
帰納的推論の蓋然性(結論が当てはまる確からしさ)の度合いは、前提で挙げられる事例の質と量に依存します(参考:『論理学入門』)。
- ① 事例の数。多い方が結論の蓋然性は高い
- ② 事例どうしの類似性。 互いの共通点が多い方が蓋然性は高い
- ③ 事例の多様性。事例の数が多いならば、 事例間の類似性が低い(多様性が高い)方が蓋然性は高い

「③多様な(偏りのない)事例を、①多く集めた上で、②なお類似点が多いなら、蓋然性はより高い」ということです。
(「一般化の原理」の節も参照してください)
図2-3の(A)では、「入力欄(入力項目)」「特殊文字」という類似性があります(②)。
10箇所が多いか少ないかは議論の余地がありますが(①)、
テスト視点でなら「疑うには十分」と感じる人が多いでしょう。
(「調べ過ぎ」と感じる人もいると思います。何個遭遇したら「怪しい!」と思うか、アンケートを取ってみたいですね)
(B)では、テスト用に保有しているいちごフォンのバリエーションという類似性と多様性があります(②③)。
(世の中に実際に存在するバリエーションをすべて揃えることは現実的に困難なので、代表的なもの、最も普及しているものなどを中心に揃えることが多いでしょう)
なお、どちらの例でも、得られた結論はいわば「仮説」であり、その正しさを評価するにはさらに事例を調べたり、実験したり、詳しく論証したりする必要があります。
評価した結果、「実際にはそうでなかった」という、“間違った”推論と判明する可能性があります。
統計的帰納
割合や傾向を推論する
事例に見てとれる“共通項”の割合/傾向を踏まえて、対象全体の中で 共通項を持つものの 割合 や 傾向 を推論する、という形があります。

図2-4では、同じクラスの生徒が特定の機種のスマートフォンを所持する割合から、「学校全体」における所持の傾向を推し量っています。
クラスの中での所持割合を学校全体に広げて考えても相当程度に蓋然性があるだろう、と、A子さんは主張したいわけですね。
もっとも、事例における割合や傾向を全体に広げて考えてよいかどうかは以下の点にかかっています。
- 事例の数(=標本の大きさ)。母集団(対象全体)の大きさに対してある程度の大きさであること
- 事例のランダムさ(=偏りのなさ)。母集団の特徴/傾向を適切に反映していること
図2-4の例でいうと、1クラス40人という事例の数は、学校全体(数百人はいるでしょう)に対して蓋然性の精度を担保するにはやや物足りません。(無意味ではありません)
事例のランダムさ(偏りのなさ)については、A子さんのクラスの構成や傾向(男女比、機種の好み、etc.)が学校全体に比して偏りがなく平均的なら、学校の生徒全体の傾向と同じと考えやすく、A子さんの推論は蓋然性が高いと言えるでしょう。
そうでなく、学校の生徒全体の構成や傾向に比してクラスのそれが偏っているなら、A子さんの主張は“弱く”なるでしょう(学校全体に対して、A子さんのクラスはいちごフォン好きが異様に多い、など)。
統計の話は本連載の範囲を超えるのでこれ以上踏み込みませんが、統計的な推論の蓋然性を高めるなら、事例の数とランダムさは母集団の大きさに対して適切に定めるのが望ましいと言えます。
統計的一般化
図2-4のA子さんのように、統計的な前提をもとに「全体」へと話を広げるのは 統計的一般化 と呼ばれます。
「事例において、共通項Pを持つものの割合がこうである」から、「対象全体でも、割合はこうである」と一般化します。
統計的一般化の例。
①この学校の生徒から相当数を無作為に選び、所有するスマートフォンを尋ねたところ、
90%がいちごフォンを所有していた。②【結論(A)】この学校の生徒(の90%)はいちごフォンを所有している。
②【結論(B)】この学校の生徒は(おそらく)いちごフォンを所有しているだろう。
結論(A)は事例における割合を結論に引き継ぐ形、(B)は推量として表現する形です。
(B)の場合、割合が90%なら「きっといちごフォンを所有しているに違いない」という言い方もあるでしょう。
100%なら「いちごフォンを所有している」と断言したくなるかも知れません。
割合が高ければ結論の蓋然性も高いと見込まれ、“納得感”はあります。
そうでなければ“納得感”は弱いでしょう。
割合が50%程度か未満なのに「おそらくいちごフォンユーザーだろう」というのは無理があります。
また、事例における割合が100%であっても、対象全体における実際の割合は100%でないこともあります。

枚挙的帰納とは事例の数と偏りの点で異なる点に注意してください。
枚挙的帰納の例。
①回りの友達に聞いたら、BさんもCさんもDくんもEくんもFさんもGくんも、全員いちごフォンを持っている。
②だからこの学校の生徒はいちごフォンを所有している。
統計的三段論法
統計的帰納を用いて、演繹的な定言三段論法に似た形の推論ができます。
統計的三段論法の例。
①この学校の生徒の90%は、いちごフォンを所有している。
②いまこの場所にいる生徒は皆この学校の生徒である。
③【結論(A)】ここにいる生徒(の90%)はいちごフォンを持っている。
③【結論(B)】ここにいる生徒は(おそらく)いちごフォンを持っている。
結論(A), (B)は先の統計的一般化と同様です。
(余談ながら、この例は論理スキル[実践編]・ソクラテスは電気羊の夢を見るか?(前編)で紹介した 定言三段論法の第1格 の形ですね)
結論の蓋然性が前提における共通項の割合に依存するのは統計的一般化と同様です。

レッツ帰納的推論
帰納的な推論には、他に 類推(類比推論) や 因果関係からの推論 という仲間がいますが、これらについては回を改めて紹介したいと思います。
★
枚挙的帰納や統計的帰納のような思考は、私たちが日ごろ仕事や私生活で(なんとなくでも、知らず知らずでも)行なっている形の推論で、特別・特殊なものではありません。
(統計的な帰納を自分で行なうことは少ないかも知れませんが、ニュースなどで頻繁に見る「アンケート調査」はその好例です)
帰納的推論は“間違い”の可能性を孕む推論ですが、それは手順のミスや不注意などによるのではなく、形式上避けることのできないものです。“間違い”に臆さず「新たな発見」に邁進しましょう。
次回は、帰納的推論をする上で参考になる考え方・進め方を紹介します。
参考文献
- 近藤洋逸, 好並英司 『論理学入門』 岩波書店 1979
- 鈴木美佐子 『論理的思考の技法Ⅱ』 法学書院 2008
- 藤野登 『論理学 伝統的形式論理学』 内田老鶴圃 1968
図版に使用した画像の出典
- Loose Drawing
- 人物画をお借りしています。
- 品質探偵コニャン:Produced by Sqripts. No Unauthorized Reproduction.



