![ソクラテスは電機羊の夢を見るか?(前編)|テストエンジニアのための論理スキル[実践編]](https://sqripts.com/wp-content/uploads/2024/08/mozukichi_jissen6_thumb_01-1-1024x538.png)
テストエンジニアが身につけておきたいスキルの一つ「論理のスキル」。
「論理の言葉」の意味や働きに注意が向くようになったら、文や文章の読み書きで実践していきましょう。
この連載では、「論理スキル“実践編”」と題して、「文章の筋道を把握する、主張を理解する」「文や文章の筋道を組み立てる」ことに役立つ推論の形を見ていきます。
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今回と次回で、「三段論法」と言われると思い浮かべる人が一番多いと思われる形式の三段論法を取り上げます。
今回はこの形式の三段論法の基本的な事項の紹介です。「大前提・小前提・結論」だけでなく、押さえておきたい事柄があります。なんとなく知っていたという人も、今回で「三段論法」の理解を深めましょう。
その前に、前回クイズの解答ですね。
前回クイズ解答
問題(再掲)
問1~問3の主張が両刀論法のどの形に該当するか、また妥当な形かどうか考えてください。

解答
問1。①のふたつの仮言判断A, Bは、前件も後件も異なります。②でA, Bそれぞれの後件を否定し、③でA, Bそれぞれの前件の否定を結論としています。複雑破壊的 両刀論法です。
問2。①のふたつの仮言判断A, Bは後件が同じです(プロジェクトが遅延する)。②でのA, Bそれぞれの前件肯定から、③A, Bの後件を結論としています。 単純構成的 両刀論法です。
問3。①の「新しいことを考える時間も減る」には、「テストに時間を割く」という前件が省略されている、つまり、前件が同じ仮言判断A, Bがあると考えられます。
②でA, Bそれぞれの後件を否定し、③でA, Bの共通の前件を否定しています。 単純破壊的 両刀論法です。
問1~問3のいずれも、形は妥当です。(内容については……どう考えますか?)
ソクラテスは電気羊の夢を見るか?
ソクラテスに申し訳ないので
いつも死なせてばかりでは申し訳ないので、ちょっと毛色を変えてみました。
図6-1の主張その1~3のそれぞれで、前提(①、②)から結論(③)が言えると思いますか?(内容の真偽ではなく、主張の形として)

概念と概念の関係を推論する
「ソクラテスと電気羊」の特徴
「“ならば”と“または”で推論する」
の各回で見てきた三段論法は、文と文をつなぐ 論理の言葉 の意味と働きで結論を導き出していました。
「ソクラテスと電気羊」にはそのような論理の言葉は使われておらず、断定的な文が並んでいるだけです。
定言三段論法
このような、すべての文が断言形式の文で構成される形の三段論法を、定言三段論法 や断言三段論法といいます。
各文は 主語 と 述語 というふたつの言葉(概念)からなります。図6-1の例では、「ソクラテス」「哲学者」「電気羊の夢を見る」が主語や述語に当たります。
定言三段論法はこれらの文に現れる「言葉(概念)どうしの関係性」を論じるもので、前提に出てくる 主語と述語の関係(包含関係の成否) から結論を導き出します。
定言三段論法の構造
三つの概念:S, P, M
主語や述語は何かしらの概念を表す言葉で、S, P, Mの三種類が登場します。
- 小名辞(S)(小概念):結論の主語 になる言葉(概念)です。
小名辞Sが現れる前提を小前提 と呼びます。 - 大名辞(P)(大概念):結論の述語 になる言葉(概念)です。
大名辞Pが現れる前提を大前提 と呼びます。 - 媒介項(M)(中名辞、媒概念):大前提、小前提の両方に現れ、SとPの間を取り持つ言葉(概念)です。
図6-1の例・その1では、「ソクラテス」が小名辞S、「電気羊の夢を見る」が大名辞P、「哲学者」が媒介項Mとなります(図6-2)。

結論は常に「小名辞Sが主語、大名辞Pが述語」ですが、大前提、小前提では、S, P, Mが主語・述語のどちらになるかは主張内容によって変わります。
なお、小名辞・大名辞の区別は、それらが指す概念の大きさと一致するとは限りません。
文の並び:大前提→小前提→結論 とは限らない
慣習的には大前提・小前提・結論と並びますが、これは決まりではなく、三つの文はさまざまな並びがあり得ます(3つの文を並べる順列ですから、6通り)。「結論を最初に述べて、その理由や根拠として大前提・小前提を述べる」といった並びはよく見かけます。
文の種類:AEIO
大前提、小前提、結論の各文には、主語と述語に関して 修飾 がかかります(図6-3)。
- 主語の概念が適用される範囲(判断の「量」といいます)。
その範囲によって 全称 と 特称 に分かれます。- 全称判断:主語の概念が当てはまる全体について述べる文。例:「すべての SはPである」
- 特称判断:主語の概念が当てはまるうちの一部について述べる文。例:「ある SはPである」
- ※固有名詞は全称として扱います。
- 述語にかかる判断の性質(判断の「質」といいます)。
肯定 と 否定 があります。- 肯定判断:述語が当てはまると主張する文。例:「すべてのSはP である」
- 否定判断:述語が当てはまらないと主張する文。例:「すべてのSはP でない」

全称/特称と肯定/否定の組合せで、A, E, I, O, 4つの種類の文があります(図6-4)。表中の丸括弧内は、同じことを言い換えた形です。
全称否定(E)に注意してください。文全体を否定する(「すべてのSがPである、というわけではない」)のではなく、述語だけを否定した「Sであるものはすべて、Pではない」という意味になります。

AEIOそれぞれにおける、主語と述語の包含関係は図6-5のようになります(Sが主語、Pが述語)。🙄(あるかも)は、その文では言及していない部分です(該当する要素があるかも知れない)。

主語と述語の状態:周延
文の主語と述語は、 その概念が当てはまるすべての対象について言われている か、そうでないか、ふたつの状態を持ちます。
前者の状態を、その主語や述語が 周延されている といい、後者を 周延されていない(不周延) といいます。
前提から「なるほど、ソクラテスは電気羊の夢を見るね」と判断できるとしたら、「ソクラテス」という概念と「電気羊の夢を見る」という概念が結びつかなければなりません。周延という状態はその鍵になります。
周延/不周延は、全称/特称、肯定/否定に応じて決まります(図6-5, 図6-6)。
主語について。全称判断では、主語は周延 されます(「Sという概念が当てはまるすべて」だから)。
特称判断では、主語は周延されません(Sのすべてについては言っていない)。
述語について。肯定判断では、述語は周延されません(SでないPがあるかも知れない)。
否定判断では、述語は周延 されます(「Pでない」と断言できるのは、Pという概念が当てはまるすべてについて言えるから)。

定言三段論法の形
(本章は読み飛ばしても問題ありません)
定言三段論法の形:格(figure)
三つの文を大前提・小前提・結論の順に並べた時、S, P, Mが主語/述語のどちらになるかで概念の並び方(配列)が決まります(結論は必ず「Sが主語、Pが述語」で決まっている)。
これを「格(figure)」といい、第1格から第4格まで四つの格があります(図6-7)。

M-Pが「哲学者は電気羊の夢を見る」だとすると、P-Mは「電気羊の夢を見る者は哲学者である」という文になります。Sがソクラテス、Mが哲学者なら、M-Sは「哲学者はソクラテスである」という文を表します。
定言三段論法の形:式(mood)
大前提・小前提・結論がそれぞれAEIOのどれになるかという観点から見た定言三段論法の形を「式(mood)」といいます。たとえば、
- 「大前提がA、小前提がA、結論がA」なら、AAAという式
- 「大前提がE、小前提がI、結論がO」なら、EIOという式
といった具合です。
格ごとに妥当な式がある
というわけで、定言三段論法の形は、「格は第1格で、式はAAA」とか、「第2格のEAE」「第3格のIAI」といったように、格と式で表すことができます。
大前提・小前提・結論の3つの文がそれぞれ4種類(AEIO)あり得ますから、格ひとつ当たりの式は 4 × 4 × 4 = 64 通りあることになります
(格は4つあるので組合せ総数は 64 × 4 = 256 通り)。
が、これはあくまで機械的な組合せで、
- そもそも、矛盾を生じたり結論が得られないなどの非妥当な式がある
- さらに、格(図6-7)ごとに、取れる式に制約がある
そうした無効な式を取り除くと、格ごとに妥当な式の数はかなり減ります(格ひとつ当たり、6通り)。また、格ごとに妥当な式は異なります。
「よい形」を見分けるために
とはいえ、「格」や「式」の知識はともかく、格ごとの妥当な式を憶えるのは、意義はありますが、やみくもに暗記するのもツラいものがあります。
式の妥当/非妥当に関係するのは
- 文の種類(AEIO)と、主語・述語の周延/不周延
です。ここに着目して、定言三段論法がよい形であるための規則 (とできればその理由)を理解することを心がけるのがよいでしょう。
クイズ
下図(図6-1と同じです)の「ソクラテスと電気羊」その1~3について、今回の説明を基に考えてみてください。(解答は次回に)
- 小名辞S、大名辞P、媒介項Mに当たるのは何か
- 各文は全称/特称、肯定/否定どれに当たるか

次回
次回は定言三段論法がよい形であるための規則(それは具体的な主張が「よい形」かどうか見分けるためのヒントでもあります)を取り上げます。
参考文献
- 近藤洋逸, 好並英司 『論理学入門』 岩波書店 1979
- 藤野登 『論理学 伝統的形式論理学』 内田老鶴圃 1968
- 鈴木美佐子 『論理的思考の技法Ⅱ』 法学書院 2008
図版に使用した画像の出典
- Loose Drawing
- 人物とベッドの絵をお借りしています。