
帰納的な推論と発見的な推論(アブダクション)は、
私たちがソフトウェア開発の現場/実務で(知らず知らずにでも)駆使している思考の形です(それどころか日々の暮らしでも使っています)。
それほど“自然な”思考の形ですが、どんな考え方で、どんなところに注意すると質の高い思考ができるのか、基本知識を押さえておくと実務のレベルアップにつながります。
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今回のトピックは2つ、前編では「帰納的推論で気をつけたい落とし穴」、そして後編では「帰納的推論の仲間」(第2回の続き)です。
帰納的推論で気をつけたい落とし穴
帰納的な推論にも落とし穴(誤謬)はあります。
見つける共通項が因果関係である場合には、因果関係の推定に関わる落とし穴もあります。
第2回, 第3回で説明したことも併せ、改めて今回見ていきましょう。
なお、[実践編]と同様、以下の点に注意してください。
- 本記事で紹介しているものがすべてではありません。
- これらの分類は排他的なものではありません。複数の分類に該当する誤りもあります(視点によって分類が変わる)。
- 複数の誤謬が重複したり関連したりして間違った推論を形づくることもあります。
- 誤謬の名称は、人により文献によって名称が異なることもあります。
帰納的推論の性質に関わる落とし穴
一般化:標本(サンプル)にまつわる落とし穴
- 軽率な一般化、または不十分な標本の誤謬。
母集団の規模に対して少な過ぎる事例を基に一般化をしてしまう誤りです。 - 偏った標本の誤謬。
数は問題ないとしても、母集団の傾向(属性/特徴の在りよう)を適切に反映できていない事例を基に一般化をしてしまう誤りです。
事例の数が少ない場合は軽率な一般化だけでなく偏った標本になっていないか気をつける必要があります。
こうしたことは、統計的な推論でなく枚挙的な帰納をする場合でも気をつけたい事柄と言えます。
(参考:第2回の図2-1(B))

帰納的な推論ができそうな場合は、まず、
「事例の数と傾向を把握した上で推測を立てる」ことを意識して、これらの点を確かめましょう。

- 事例の数は、一般化するには十分そうか?
(推測に合致しそうな事例だけ無意識に集めているということはないか)
(数が少ない場合、推論の蓋然性が低い可能性を意識できているか) - 事例は偏っていないか?
(推測に合致しそうな事例だけ無意識に注目しているということはないか)
(偏りがありそうなら、事例を増やして多様性を増すことはできないか)
なお、「事例の数が少ないならば、帰納的推論の蓋然性は低い」、というわけではありません。
母集団の均質性、類似性が高いなら(どれも同じ属性を持っている、どれもみな似通っている、etc.)、事例の数が少なくても結論の蓋然性は見込める場合があります。
一般化:結論の導き方にまつわる落とし穴
事例の数や偏りの点で問題がなくても、共通項から結論を引き出す際の考え方や態度にも落とし穴はあります。
いずれも、共通点/類似点に対して相違点への注目が相対的に弱まってしまうところからはまる落とし穴と言えます。
キャリアX社のAndroidスマートフォンA, B, C, D, Eがあるとして、
- (1)共通点や類似点にばかり注意が向いて、相違点を見落とす。
「A, B, C, D, EはAndroidスマートフォンだから同じだ」と考える類です。
(ハードウェアスペックもUI回りも違っている、etc.) - (2)共通点や類似点と結論する性質との関連が薄い。
A, B, C, Dで同じ故障が起こっていることから「Eでも同じ故障が起こるだろう」と考える類です。
(見かけの共通点/類似点に引っ張られて結論に飛びついてしまう、etc.) - (3)結論の蓋然性を過度に見積もる。
A, B, C, D, Eすべてで試したことから「この故障はすべてのAndroidスマートフォンで起こる」と考える類です。
(事例の多さや傾向の偏りのなさなどから、結論が必ず正しいと考える、etc.)
(実は権限設定に問題があり、使用したスマホで同じ権限設定のミスをしていたためだった……などの可能性もあります)

統計的帰納で気をつけたいこととしては、
的外れな一般化といったものがあります。
よく起こりがちなものは、事例の数を割合と同一視してしまう(または置き換えてしまう)、というものです。
第2回の「A子さんの学校でのいちごフォンユーザーの割合」でいうと、
いちごフォンユーザーの数が多いならば、いちごフォンのハードウェア故障の件数も多いのは自然でしょう。
対して、その他のスマートフォンユーザーのハードウェア故障件数は相対的に少ないでしょう。
ここで「いちごフォンはハードウェア故障が多い」と考えるのは、ユーザー数の規模の違いを見ずに、ハードウェア故障の件数を故障を起こす割合と同一視、ないし置き換えて考えてしまっています(「故障件数が多い=故障の割合が高い」)。
より適切には、いちごフォンとその他のスマートフォンそれぞれのハードウェア故障の割合を比較するべきです。

因果関係の推定に関わる落とし穴
因果関係の取り違え
- 前後即因果の誤謬。
時系列の前後関係を因果関係と思う誤りです。
結果画面の表示が崩れた直後にフリーズしたことから、「表示の崩れがフリーズの原因」と考える類です。
この誤りは古くは「『この後に,だからこの故に (post hoc, ergo propter hoc)』の誤謬」と呼ばれていたそうで、昔からありがちな誤りだったのでしょうね。 - 原因と結果の混同。
サブシステムAの処理の重さがサブシステムBのデータ転送遅延を引き起こしているのを、「Bの遅延がAの処理の重さの原因」と考える類です。
間違った原因探し
- たまたま共存しているだけの複数の事象の間に因果関係があると考える誤り。
サブシステムAの応答速度の低下とサブシステムBの転送遅延はたまたま同時に起こっていたただけ(互いに何の干渉もしていない)、といった類です。 - 相互作用の一面だけ見て因果関係を考えてしまう誤り。
サブシステムAの応答速度の低下がサブシステムBのデータ転送遅延の原因と思ったが、それぞれの故障が互いに影響を与えていた、といった類です。
原因の見逃し
- 関連する原因の無視/見落とし。
複数の原因が関連し合って生じている事象に対し(原因の多数性)、ひとつの原因を特定するに留まり、他の原因を無視/見落としてしまう誤りです。
取得するデータの間違えと、計算ロジックの誤りと、画面表示の処理の誤りが合併した故障を、計算ロジックの誤りにだけ注目して他を見落としてしまう類です。 - 共通する原因の無視/見落とし。
複数の事象や状態が、共通する原因の結果として起こっている可能性を見落とす(そして、それら事象の間に因果関係を求めてしまう)誤りです。
モジュールAでのデータ加工の故障と、モジュールBでのデータ転送の故障は、実は中間ファイルのデータの破損が引き起こしているのに、個別の事象と判断する(場合によっては「Aの故障がBの故障を引き起こした」などと考える)類です。
早急な特定は禁物
ここまで挙げた誤りにもつながり得る落とし穴が、因果関係の過剰な単純化です。
「目につく」「最初に気づいた」「判りやすい」「いかにもそれらしい」といった理由から、見つかった“原因っぽいものごと”に飛びついてしまう(そこで因果関係の推定を止めてしまう)誤りです。

一般に、ある事象が起こった際、その要因と考えられる事柄や先行する事象は数多くあります。
複数の要因が(複雑に)関連してひとつの事象を起こすことも珍しくありません。
それらの中から原因を見つけるのは、時間や手間がかかるものです。
特に、ソフトウェアの故障や不具合発生時のような、起こった事象から遡って原因を考える場合、「事象を確認した段階で、原因の候補を洗い出して、原因らしきことを推定する」のは簡単なことではありません。
(同じようなことが、プロセス改善時の原因分析でも言えます)
因果関係を見つけようとする時には、まずこのことに気をつけましょう。
(第3回で紹介した「ミルの帰納法」も参考になります)

- 事象や発生状況の詳細を十分調べたか?
- 原因の候補(先行する事象や、故障の要因になり得る事項)を十分考えて挙げたか?
- 見つけた(と思う)原因は、観察結果に即しているか?
- 原因から結果に至る道筋を単純に考えていないか?
- この章に挙がっている因果関係の推定に関わる落とし穴に落ちていないか?
別の落とし穴にはまらないように
観察結果をまとめて共通項を見つけたり、因果関係を特定しようとする際には、演繹的な論理のスキルも働きます。
演繹的推論の落とし穴(形式面(前編)、非形式面(後編))にも併せて気をつけましょう。
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長くなってしまいましたので、今回はここまで。帰納の仲間については後編でお伝えします。
参考文献
- 近藤洋逸, 好並英司 『論理学入門』 岩波書店 1979
- 鈴木美佐子 『論理的思考の技法Ⅱ』 法学書院 2008
- 藤野登 『論理学 伝統的形式論理学』 内田老鶴圃 1968
- J.S.ミル(著), 大関将一(訳) 『論理学体系 : 論証と帰納 5』 春秋社 1959
- T・エドワード・デイマー(著), 小西卓三(監訳), 今村真由子(訳) 『誤謬論入門 優れた議論の実践ガイド』 九夏社 2023
図版に使用した画像の出典
- Loose Drawing
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