【第6回】 なぜ・どのようにを説明したい|実務三年目からの発見力と仮説力

帰納的な推論発見的な推論(アブダクション)は、
私たちがソフトウェア開発の現場/実務で(知らず知らずにでも)駆使している思考の形です(それどころか日々の暮らしでも使っています)。

それほど“自然な”思考の形ですが、どんな考え方で、どんなところに注意すると質の高い思考ができるのか、基本知識を押さえておくと実務のレベルアップにつながります。

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今回からは、“非演繹的”なもうひとつの推論、アブダクションの考え方を見ていきます。

今回は「仮説(説明仮説)って何?」「アブダクションって何!?」という話です。

ところで仮説って何だろう?

“なぜ” “どのように”を解き明かしたい、説明したい・して欲しい

帰納的推論で一般的な傾向を見つけたり、原因と結果の関係を見つけるのに加えて、

「その条件(原因)からなぜこの事象が起こるか」「原因から結果まで、どのようにして (どのような過程・機序で)起こるか」の説明ができれば、

推測の説得力は相当高まるでしょう。

アブダクションが考える仮説は、 このような「事象の原因を見つけたり、原因から結果に至る過程などを説明する」仮説(説明仮説)です。

よい仮説の性質

はじめに、当てずっぽうや思いつきの推測と一線を画す「よい仮説」が具えているべき性質を確認しておきましょう。
(参考:『論理学入門』)

いくつか考えられますが、外せないのは次の4点です。

品質探偵コニャン
  1. 問題となっている事象や因果関係を説明できる。
  2. 直接的/間接的に 真偽を検証可能(verifiable)である。
    仮説自体でなくとも仮説がもたらす帰結などの真偽を、事実に照らして判断できる。
    反証可能性(偽であると検証できる)は、 誤った仮説を除外できるために重要な性質)
  3. 説明能力が同じなら、より単純な仮説が望ましい。
    複数の仮説が考えられて、同じように不整合や破綻がなく、同じように説明できるなら、単純な仮説を採るのがよい。
  4. 少数の仮定から、整合的に説明できる仮説が望ましい。
    既に確立された知識・理解に基づいて、多くの仮定を足すことなく、系統的・体系的に説明できるのが理想的。

アブダクションとは

仮説を考える推論とその形式

19世紀から20世紀アメリカの哲学者・論理学者パースは、説明仮説の重要性と、よい仮説を考える推論(アブダクション)はどのようなものか(どうあるべきか)を研究しました。

パースによれば、アブダクションの典型的な形は次のように示されます。
(出典:『アブダクション 仮説と発見の論理』。太字は引用者による)

①驚くべき事実Cが観察される。

②しかし もしHが真であれば、Cは当然の事柄 であろう。

③よって、Hが真であると考えるべき理由がある。

「驚くべき事実C」とは、理由や原因を探りたくなるようなものごとや、解明が必要なものごとです。
(推理小説や推理ドラマの「不可解な事件」や、日常で「これは何だろう?」と不思議に思う出来事もそうです)
このCに対して「こう考えれば C は説明できる」と、“謎”の解消を図るのが仮説Hです(図6-1)。

図6-1 アブダクションの典型的な形・例
図6-1 アブダクションの典型的な形・例

アブダクションの形式面での特徴

図6-1の推論の形を図式化すると図6-2のようになります。

図6-2 アブダクションの論理
図6-2 アブダクションの論理

図6-2の前提1と前提2の順序を入れ替えると、混合仮言三段論法の形をしています(図6-3)。

つまり、アブダクションによる推論は、見かけ上演繹的な推論っぽい形をまとっています。

図6-3 アブダクションの論理・変形
図6-3 アブダクションの論理・変形

ただし、それは後件肯定という、演繹的な推論では誤りになる形です(図6-4。実践編「“ならば”を使って推論する」参照)。

図6-4 混合仮言三段論法・後件肯定の誤謬
図6-4 混合仮言三段論法・後件肯定の誤謬

このように、

  • (後件肯定という演繹的には誤った形ではあるが)後件(事実や結果)から、その後件を導く前件(前提や原因など)を“逆向きに”考え、
  • そう考えるのが理にかなっている、もっともらしい」という説明仮説を発案する

のが、アブダクションという推論形式の特徴です。

図6-5 アブダクションの論理の特徴

ポリアの「発見的三段論法」

仮説を考える推論の、もうひとつの見方

パースとは別に、20世紀アメリカの数学者ポリアが「発見的推論」というテーマの論考を著しました。

「発見的推論」とは「帰納や類推(類比的推論)から新たな知見を引き出す推論」に与えた名称で、

パースのアブダクションに言及したものではありませんが、内容はアブダクションに通じるものがあると思われるので、

アブダクションを“側面支援”するひとつの考えとしてその一部を紹介します。

発見的三段論法

ポリアはこの種類の推論の形と意味を考察し、

演繹的な三段論法に対応づけて「発見的三段論法」と呼びました。

発見的三段論法の典型は次の例で示されます。
(参考:『いかにして問題をとくか』、『数学における発見はいかになされるか』)

①Pが正しいならば、Qも正しい。
(例:外洋の航海から陸に近づくと鳥を見かける)

②Qが正しいことが判った。
(例:今、鳥の姿が見えた)

③Pが正しいということは確からしい。
(例:多分陸が近いだろう)

「①PならばQ。②Q。③従って、Pであろう」という形で、Pがアブダクションでいう仮説Hに相当すると見ることができます。

やはり後件肯定の形(図6-4)ですが、発見的三段論法でもこれを誤りとせず、次のように考えます。

  • 前提Pを裏づける帰結Qが正しい事例が増えると、Pに対する信頼が増す(図6-6 上)。
    (「陸が近づくと鳥を見た」事例が増えれば、「鳥が見えた」から「陸が近い」確からしさは増す)
  • 前提Pが正しくない事例が増えると、帰結Qに対する信頼は減る(図6-6 下)。
    (「陸は近くないのに鳥を見かけた」“反例”が増えれば、この推測は怪しくなる)
図6-6 発見的な推論の形と意味
図6-6 発見的な推論の形と意味

なお、この「信頼が増す/減る」は、PとQとの関係性の強弱に応じて“グラデーション”(度合の違い)があります。

PでないのにQである可能性が低い場合は、Qが真の時、Pの信頼はかなり増しますが、
PでなくてもQである可能性が高い場合は、Qが真の時、Pの信頼はわずかに増すにとどまります(図6-7)。

図6-7 発見的な推論の形と意味・グラデーション版
図6-7 発見的な推論の形と意味・グラデーション版

“犯人でないのに手の込んだトリックを仕組むだろうか?”

図6-1上の「V氏殺人事件」で具体化してみましょう(図6-8)。
(なお、図6-1から捜査が進んで、②で「V氏が犯行時刻に間に合うように戻ってきたことが判明している」時点であるとします)

図6-8 発見的な推論・例
図6-8 発見的な推論・例

レッツアブダクション

アブダクションとは、形式や意味の面から見ると、どのようなものなのか? 今回はその概要を見ました。

アブダクションもまた蓋然的な推論であり、“間違い”の可能性をはらみますが、“間違えるリスク”以上の価値をもたらし得る推論です。

説明仮説の質を高めて、原因究明の効果と効率を高めましょう。

次回は、「仮説を考える」にはどう取り組むとよいのか、どんな進め方があるかを見ていきたいと思います。

参考文献

  • 近藤洋逸, 好並英司 『論理学入門』 岩波書店 1979
  • 米盛裕二 『アブダクション 仮説と発見の論理』 勁草書房 2007
  • パース(著), 伊藤邦武(訳) 『連続性の哲学』 岩波書店 2001
  • ポリア(著), 柿内賢信(訳) 『いかにして問題をとくか』 丸善 1954 (1997(日本語第11版30刷))
  • ポリア(著), 柴垣和三雄(訳) 『数学における発見はいかになされるか 2 (発見的推論 そのパターン)』 丸善 1959

図版に使用した画像の出典

  • Loose Drawing
    • 人物画をお借りしています。
  • 品質探偵コニャン:Produced by Sqripts. No Unauthorized Reproduction.

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望月信昭(もちづき のぶあき)

gst lab.

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gst lab.所属

前世紀は主にソフトウェアエンジニア/プログラマーとして活動。
今世紀はソフトウェアテストのコンサルティング、実務の支援、テスト関連技術トレーニングの企画・開発・講師/ファシリテーターといった領域で活動。近年は若年層ソフトウェアテスト技術者の育成に関わることが多い。
ISTQB-FL、テスト技法、論理スキルなど、ワーク盛りだくさんのトレーニングやワークショップを提供中。

note⇒ https://note.com/nob_mottie/

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