テストエンジニアが身につけておきたいスキルの一つ「論理のスキル」。
「論理の言葉」の意味や働きに注意が向くようになったら、文や文章の読み書きで実践していきましょう。
この連載では、「論理スキル“実践編”」と題して、「文章の筋道を把握する、主張を理解する」「文や文章の筋道を組み立てる」ことに役立つ推論の形を見ていきます。
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今回は、ここまで取り上げてこなかった「非形式面(意味内容の面)で気をつけたい落とし穴」を紹介します。
気をつけたい、さまざまな落とし穴
意味内容面の落とし穴(誤謬)
非形式面(意味内容面)の落とし穴(誤謬)とは、推論の形に関わりなく混入する、以下に該当するものを指します。
- 言語そのものの性質や、言葉の使い方に起因する誤り
- 前提や結論そのものの間違いや、根拠と結論との関連性の薄さ(関連のなさ)に起因する誤り
妥当(正しい形)であり、かつ、前提もすべて真である演繹的推論を健全であるといいますが、意味内容面の誤りは健全な推論の大敵です。
わかりやすい例。
①地球は平らであるか、または、太陽が地球の周りを回っている。
②地球は平らではない。
③従って、太陽が地球の周りを回っている。
形は妥当な選言三段論法であるものの、選言肢がどちらも偽ですから選言部分全体が偽となり、健全ではありません。
が、見た目の形に惑わされてしまうといったことが起こります。
意味内容面の誤りは演繹的な推論に限らず、言語コミュニケーション全般で気をつけたい落とし穴でもあります。
(うっかり落とし穴にはまることもありますし、残念ながら、意図的に誤謬を含む主張をする人もいます)
本記事での取り上げ方
意味内容面での落とし穴は多種多様なので、何かしらの分類をガイドにするのがよいでしょう。
- 個々の誤謬の特徴を理解する助けになる
- 読んでいる文章や自分の考えごとに対して、「こんな落とし穴にはまっていないか」
「こんな種類の間違いを犯していないか」と注意を向ける助けになる
本記事では『論理学入門』(文末参考文献参照)を参考にしました
(用語は本連載に合わせて変更しています)。
- 言語上の誤謬 (fallacy in dictione):推論に用いる言語そのものの性質から生じる誤り
- 言語外の誤謬 (fallacy extra dictionem):主張の内容や論点、前提についての不注意や勘違い、考え違いから生じる誤り
注意点として、
- どちらの種類も、本記事で紹介しているものがすべてではありません。
- これらの分類は排他的なものではありません。複数の分類に該当する誤りもあります(視点によって分類が変わる)。
- 誤謬の名称は、人により文献によって名称が異なることもあります。
- いくつかの落とし穴が重複したり関連したりして間違った推論を形づくることもあります。
言語上の落とし穴(誤謬)
「言語上の誤謬」とは、言語そのものの特性(見方によっては、言語に内在する問題とも言えます)に起因する誤りです。
次のようなものが挙げられます。
- 多義あるいは文章曖昧の誤謬
- 強調の誤謬
- 合成の誤謬、分解の誤謬
多義あるいは文章曖昧の虚偽
定言三段論法で気をつけたい落とし穴で「四個概念の誤謬」を紹介しましたが、そもそも言語には曖昧さがつきまといます。それがコミュニケーションを円滑にしたり効率を高めたりする一面もありますが、考えを明瞭に述べたい時には注意を払うべきです。
強調の誤謬
主張(文や発言)の中の一部の語句や表現を強調することで明言されていない意味合いが生じたり、強調箇所が変わることで異なる意味合いが生じたりします(図9-4)。
誰でも思い当たることがあるのではないでしょうか。
読み手/聞き手の立場なら、文字/テキストではフォントや文字サイズ、文字修飾など、口頭のコミュニケーションでは発音や抑揚などに気をつけましょう。
書き手/話し手の立場としては、強調の表現を使う時には読み手や聞き手にどんな印象を与えそうかよく考えましょう。
合成の誤謬、分解の誤謬
「個別の構成要素について言えること(性質、特徴、傾向など)が、全体についても当てはまる」と考えるのを合成の誤謬、
逆に「全体について言えることが、個別の構成要素にも当てはまる」と考えるのを分解の誤謬といいます。
図9-5のような思い込みをしたことはありませんか? どちらも私たちが囚われてしまいがちな誤りですが、正しい場合もあるだけに、「全体と部分」に言及している時には注意したいところです。
言語外の落とし穴(誤謬)
主張や話題の内容や論点、また前提や根拠についての不注意や勘違い、考え違いから生じる誤りです。
次のようなものが含まれます。
- 論点窃取(論点先取)の誤謬
- 論点相違の誤謬
- 前提の誤謬
- 因果関係の誤謬
論点窃取(論点先取)の誤謬
結論として言われるべき事柄を前提にして推論してしまう誤り。
循環論法とも言います。
論点の窃取(先取)に似ているものに多問の誤謬があります。
「はい」か「いいえ」で答えるクローズド・クエスチョン形式の質問で、見かけはひとつでも、本来個別に回答されるべきふたつ以上の質問を含んでいるものを指します(図9-7)。
質問者は自分に都合のいい質問への回答として対応できるため、回答者には厄介な質問です。
論点相違の誤謬
結論を導くのには本来不適切だったり不十分だったりすることや、結論には関係のないことを、前提や根拠にしてしまう誤りです。
ひとことで言えば「的外れ」「筋違い」「そんなことは言っていない」なのですが、昔から見られる誤りでもあるらしく、こうした誤りに陥る(または、用いる)例は跡を絶たないようです。
この類の誤謬には仲間が大勢います。
- 不純動機。
主張の内容を論じるのではなく、発言の動機を取り上げて、反論したり擁護したりする誤り。 - 人に訴える論証(対人論証)。
主張の内容を論じるのではなく、発言者の人となり、性格や地位などの属性、個人的な事情などを取り上げて、支持や反論をする誤り。- (例:「正直な人の提案は優れている。Aさんは正直な人だ。だからAさんの提案は優れている」)
- 衆人に訴える論証。
主張の内容を論じるのではなく、強い感情的な言葉を用いて聴衆の熱狂や感情を刺激し、誘導しようとする誤り。
仲間に「威力に訴える論証(脅迫論証)」や「憐みに訴える論証」「笑いや嘲笑に訴える論証」などがあります。 - 無知に訴える論証(未知論証)。
論点の真偽が立証されていないことを根拠に結論を主張する誤り。- (例:「バグが残存していることは証明されていないから、もうバグはない」)
(ISTQBを教えてあげましょう)
- (例:「バグが残存していることは証明されていないから、もうバグはない」)
- 権威に訴える論証(権威論証)。
主張の内容を論じるのではなく、発言者の権威や、伝統などを根拠に正当性を主張する誤り。- (例:当該分野の権威であるというだけの理由で、当人の当該専門分野における主張はすべて正しいと主張する)
- (例:ある分野で権威である人なら、専門外の分野での主張も正しいと受け入れる)
- 藁人形論法(ストローマン論法。ダミー論証とも)。
元の主張を単純化・拡大解釈などで論旨を歪曲したり、異なる主張にすり替えたりして「元の主張とは異なる主張」を作り出し、これに反論したり否定したりする誤り。- (例:「テストの自動化はテストチームのモラルを下げるからダメだよ。公然と手抜きができてしまうし、人の目が行き届かなくなるのだからね」)
- 燻製ニシンの誤謬。
元の主張の本来の論点に対して取るに足りない事柄を論点にし、聞き手の注意・関心を本来の論点から逸らそうとする誤り。- (例:「スケジュールがきついって? 時間はたっぷりあるけどバグがモグラ叩き状態のプロジェクトの方がいい?」)
前提の誤謬
推論の前提自体に混入してくる誤りです。(この分類は本記事独自の分類です)
推論の形が妥当である場合、この類の誤りが混入していても形としては正しく見えてしまいがちです。
- 誤った二分法。
主張の前提となる事実や状況の認識・理解を過度に単純化し、選択肢は提示されるものだけに限られると考えてしまう誤り。
(選択肢がふたつより多い場合も含む)
(例:「テスト結果の問題か、実装成果物の問題か、どちらかだ。テストは10回中10回の再現を確認しているのだから、実装成果物に問題がある」) - 偶然の誤謬。
一般性や普遍性を欠いている(特定の条件や例外的な条件の下で成り立つ)事柄を前提としてしまう誤り。
(例:「インスペクションは欠陥検出効果が高い。前のプロジェクトで採用したらその通りだった。このプロジェクトでもインスペクションを採用しよう」)
因果関係の誤謬
前提から結論に至る原因と結果の関係を混同したり、勘違いしたり、考え違いしたりする誤りです。
(本節の各誤謬は『誤謬論入門』(文末参考文献参照)を参考にしています)
起こった事象から因果関係を考える、というのは、ソフトウェアテストやソフトウェア品質保証の仕事(欠陥分析や原因分析)、またデバッグ作業ではつきものです。
これらの誤謬に「してやられた!」とならないように気をつけてください。
- 因果関係の過剰な単純化。
ある結果を引き起こす原因となる要因の数や種類、結果に至るまでの過程などを十分調べずに「Aが原因でBが起こった」と単純化する誤り。 - 前後即因果の誤謬。
「事象Aの後に事象Bが生じた」という時間的前後関係だけを見て、「Aが原因でBが起こった」と思ってしまう誤り。
「故障が発生し(A)、その後にソフトウェアが暴走した(B)」としても、時系列の前後は必ずしも因果関係を意味しません。 - 原因と結果の混同。
時系列や事象のインパクトなどにつられて、原因と結果を取り違える誤り。
「故障が発生し(A)、その後にソフトウェアが暴走した(B)」事例では、Bが原因でAが起こったのかも知れません。 - 共通する原因の無視。
ふたつ(以上)の事象や状態について、共通する原因が引き起こした結果である可能性を見落とす(そして、それら事象の間に因果関係を求めてしまう)誤り。
関連がありそうなものごとを見ると関連がありそうに思えてしまいがちですが、
「故障が発生し(A)、その後にソフトウェアが暴走した(B)」事例では、A, Bに共通する別の原因があるかも知れません。
“ならば”(条件法)の前件と後件に関する誤りについては「形式面の誤謬」で説明しましたが、
必要条件と十分条件も間違えがちです。
ということは、落とし穴になりやすいということです。
- 必要条件と十分条件の混同
必要条件と十分条件を取り違える。
P だけが結果Qの原因だと思ってしまう。あるいは、
Pを満たしていないのに結果Qが起こる筈はないと思ってしまう
(P以外にもQの原因になるものはあり得る)。 など
両刀論法に対峙する
誤謬そのものではありませんが、
内容が偽であっても形式上は妥当な主張を作りやすい両刀論法に出くわした時の対処方法を紹介します。
前提2で提示される選言肢のそれぞれを「角」と見なして、大きくふたつの対処法があります。
- 「角」に突かれないように、「角」から逃れる
- 「角」に突かれないように、「角」を捉える
「角」から逃れる
前提2の選言判断に不備を見つけて反論する考え方です(“二者択一”とは限らない、など)。
選言肢不完全の誤謬を突く方法と言えます。
「角と角の間に避ける」、「角の間をすり抜ける」などとも呼ばれます。
「角」を捉える
前提1の仮言判断に不備を見つけて、それを手がかりに反論する考え方です(論点相違の誤謬 を犯している、など)。
仮言判断の瑕(きず) を突く方法といえます。
[実践編]むすび
「テストエンジニアのための論理スキル[実践編]」は、今回で終わりです。
[入門編]で紹介した論理の言葉が、実際の推論でどんな風に用いられるか、といったことを中心に、基本的な推論の形と、推論の組み立てにおいて気をつけるべきことを見てきました。
みなさんの論理スキルに対する意識を高めるお役に立てたなら幸いです。
なお、「実際の文や発言で、論理の言葉になる語句や言い回しにはどんなものがあるか」を、筆者のnoteで紹介しています。
そちらもぜひご覧になってみてください。
参考文献
- 近藤洋逸, 好並英司 『論理学』 岩波書店 1979
- 藤野登 『論理学 伝統的形式論理学』 内田老鶴圃 1968
- 鈴木美佐子 『論理的思考の技法Ⅱ』 法学書院 2008
- T・エドワード・デイマー(著), 小西卓三(監訳), 今村真由子(訳) 『誤謬論入門 優れた議論の実践ガイド』 九夏社 2023
図版に使用した画像の出典
- Loose Drawing
- 人物画をお借りしています。