ソフトウェア開発の世界では、アジャイル開発やスクラムが一般的になってきました。そのアジャイル開発のコアとも言えるのが、対話や協調です。この連載では、アジャイル開発におけるコミュニケーション・コラボレーションスキルを解説しながら、ファシリテーションスキルのレベルアップを目指します。

今回のテーマは「ファシリテーション」です。いよいよ具体的な方法の解説に入っていきます。

前回のおさらい

前回は「スクラムマスターが絶対に言わないこと」から、コミュニケーションのポイントをざっくり解説しました。今回からは、より具体的な方法を解説していきます。まずは、場を整えてゴールへと導くために利用できる「ファシリテーション」を解説していきます。

ファシリテーションとはなにか?

ファシリテーションとは、チームの能力を高める技術です。最近だと予想できない世界情勢の中で、多様な人達が集まり活動するのが当たり前になってきました。こういったさまざまな「違い」や「変化」がある中で、適切に対立し、オープンかつ建設的に話し合い、物事を進めるためのファシリテーションスキルの重要性は高まっています。

ファシリテーションを行う人をファシリテーターと呼びます。ファシリテーターを理解するために、その特徴を以下にまとめてみましょう。

  1. ファシリテーターは、中立である
  2. ファシリテーターは、チームをゴールに導く支援を行う
  3. ファシリテーターは、成果を高めるためによりよいコミュニケーションの場を作る

これらを眺めてみると、スクラムチームで行うスクラムイベント(計画づくりやふりかえりなどのMTG)で求められる司会進行に通ずるものがあります。スクラムはコミュニケーション主体のフレームワークなので、ここで紹介するファシリテーションといったコミュニケーションスキルとの親和性が高いはずです。

ファシリテーションが機能していない現場例

ファシリテーションを活かした場を考える前に、「活かされていない場」について考えてみましょう。成功する方法を見つけるのは難しいですが、失敗する事例からは多くのことを学べます。

ファシリテーションが機能していない現場を以下のようにまとめてみます。

  1. 誰か特定の人が一方的に場をコントロールしようとしている
  2. 私は正しく、意見の違う相手は間違っている。よって、MTGでの会話が勝ち負けになりがち
  3. 他の人の意見より自分の意見に関心がある。関心を持ってほしい
  4. 面子(メンツ)が重要
  5. 誤解、対立、防御反応、不信感を感じる

こうやって書くと「ひどい現場」に思うかもしれませんが、いろんな現場を見てきた私からすると「よくあるケース」です。ここまでひどいところはなかなかないかもしれませんが、いくつか当てはまる現場はたくさんあります。

たとえば、声の大きい人が上司やリーダー、先輩としているケースを考えてみましょう。こういった方は、すべてを自分でコントロールしようとするコミュニケーション方法を自然に使うことが多いです。その結果、意見を聞くと言いながら、最後は自分の話をしてしまったり、みんなで解決案を議論したいのに、自身の経験やアイデアをとうとうと語り「これやればいいんじゃない?」と考えを押し付けてしまったり。あながち「ない」とは言えない状況だと思います。

ほとんどの提案は相手に響かないという現実

前述の上司や先輩のように、相手からの提案やアドバイスは日常多く発生します。しかし、ほとんどの提案は相手に響かず、アクションに繋がることはありません。

たとえば、アジャイル開発で行われる朝礼やふりかえり(レトロスペクティブ)において、こんなやりとりがあったとしましょう。

「この前のふりかえりでアクションに選んだタスクですが、目の前の仕事が多くて手がつけられなくて困っています」

「みんな忙しいからなかなか難しいよね。ひとまず目の前の仕事を優先したら?」

「僕の場合、カレンダーにやることを全部登録して、その日にできることはその日にやっているよ。君も試してみたら?」

「そもそもやることが多すぎだから、本当にやるべきか考えたほうがいいんじゃない?」

みなさん、メンバーが困っていることの対策を一生懸命考えてくれているようです。もし、あなただったら、これらの提案を全部やってみたいと思うでしょうか?

この状況は、居酒屋でくだを巻くおじさんと似たような構図です。居酒屋でくだを巻くおじさんは、自分の過去の体験を語りながら「もっとこうすれば(私のように)うまくいく」と親切に教えてくれます。とても親切で優しい人なのでしょうが、「相手のためを思って」というより「自分が話したいから」話しているように見えます。 

とびっきりのアイデアであれば、飛びついてくる人はいるかも知れません。また、相手との信頼性が高ければ高いほど、やってみようと思うかもしれません。しかし、そこまでの状況でなければ、「うーん。たしかにそうだけど」で思考が止まってしまいます。他人の言葉や経験は、自分ごとになりにくいからです。

また、何かをやれていない人に対しての「これやれば?」は、相手の否定につながる言葉として受け止められかねません。

ファシリテーションが機能している現場例

それではいよいよファシリテーションが機能する現場を見てみましょう。そこには以下のような特徴があります。

  1. 確かな情報を集め、自由に選択を行っている
  2. 参加者は決定に貢献したいと内面から思っている
  3. 違いがあることを受け入れ、そこから学ぼうとする
  4. 相互理解を深め信頼を強める(心理的安全性が高くなる)
  5. 学びが多く、刺激的である
  6. チームの能力や仕事の質が高まっていると感じる

ファシリテーションとは、チームの能力を高める技術です。チームが個人に与える影響や、個人がチームに与える影響が相互に効果を高め合い、チーム能力を向上させるチームダイナミクスを生み出します。

ファシリテーションは、このような場を作るためのスキルです。

提案が自分ごとになるために

ファシリテーションが有効活用されている現場であれば、提案やアドバイスは学びとして受け入れられます。やるやらの選択もチームとして最適な選択肢を選ぼうとするはずです。

たとえば、決定事項に合意ができなくても、オープンな議論の上で決まったのであれば、チーム全員でアクションに貢献しようとします。たとえアクションに失敗したとしても、誰かを責めるのではなく、それを学びの機会として受け止め、次に力強く進んでいきます。

自分たちで考え、自分たちで選んだことなので、選択肢が自分ごとになります。

このように、ファシリテーターは、最高のコミュニケーションができる場を作り、建設的なディスカッションを支援し、アクションが自分ごとになるようにファシリテーションしていきます。

今回は、ファシリテーションが機能する現場をイメージしてみました。提案が自分ごとになりにくい理由や、あるべき姿の解説も行いました。

次回は、こういった「理想の場」になるために役立つテクニックを解説します。このテクニックは全部で9つあり、それぞれにロジカルな理由や背景があります。

  1. 想定や推察を確認する
  2. 曖昧な言葉を確認する
  3. タブーを話し合う
  4. すべての情報を共有する
  5. 理由と意図を説明する
  6. 自分の「関心」を伝える
  7. 提案と質問を組み合わせる
  8. 次のステップを一緒に作る
  9. アクションを自分ごとにする

この9つのテクニックを具体的に事例を交えながら学び、ファシリテーションスキルをどんどん高めていきましょう。

SHARE

  • facebook
  • twitter

SQRIPTER

藤原 大(ふじはら だい)

スーパーアジャイルコーチ、株式会社せかい 代表取締役

記事一覧

スーパーアジャイルコーチ、エンジニアリングマネージャ、『リーン開発の現場』の翻訳者のひとり。創造的、継続的、持続的なソフトウェア開発の実現に向けて奮闘中。週末に娘と息子とお昼寝しながら世界のビーチや離島を旅する夢を見る。

RANKINGアクセスランキング
#TAGS人気のタグ
  • 新規登録/ログイン
  • 株式会社AGEST
NEWS最新のニュース

Sqriptsはシステム開発における品質(Quality)を中心に、エンジニアが”理解しやすい”Scriptに変換して情報発信するメディアです

  • 新規登録/ログイン
  • 株式会社AGEST