ソフトウェア開発の世界では、アジャイル開発やスクラムが一般的になってきました。そのアジャイル開発のコアとも言えるのが、対話や協調です。この連載では、アジャイル開発におけるコミュニケーション・コラボレーションスキルを解説しながら、ファシリテーションスキルのレベルアップを目指します。

第5回目のテーマは前回解説した「ファシリテーション」と合わせて学びたい「コーチング」です。

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あなたの提案はなぜ受け入れられないのか?|ファシリテーション技術-1-
よりよい場を作るための9つのルール[前編]|ファシリテーション技術 -2-
よりよい場を作るための9つのルール[後編]|ファシリテーション技術 -3-
コーチング技術 〜 基本技術を学ぼう|コーチング技術 -1-
コーチング技術 〜 質問力を高めよう|コーチング技術 -2-
上級者が活用する質問例|コーチング技術 -3-
実践1on1[1] 〜 簡単だけど難しい1on1
実践1on1[2] 〜 コミュニケーションの方法を使い分けよう!
実践1on1[3] 〜 相手に合わせたコミュニケーション方法とは?
実践1on1[4] 〜 実例をもとに1on1をレベルアップ
【最終回】さらなる成長のためのコミュニケーショントレーニング

前回のおさらい

前回はファシリテーション技術について解説しました。今回はコーチング技術の解説になりますが、ファシリテーションもコーチングも、トレーニングなどに参加してみるとよくわかるのですが、共通して学べる部分が多くあります。

ここでは、コーチングの中でも、スクラムイベントなどアジャイル開発におけるコミュニケーションで使えるポイントを中心に解説していきます。

コーチングの代表技術

昔、熟練のコーチに「コーチとは何か?」を質問したときに、その方は「コミュニケーションのプロフェッショナル」と答えていました。コーチングを学んでみるとそう答えた理由がよくわかるのですが、コーチングの本質は相手(クライアント)とパートナーシップを結び、共通のゴールの達成へと進んでいく方法です。よって、チームメンバーのような「相手」との会話の質を高められるヒントがたくさんあります。

コーチングの代表技術

コーチングの主たる技術は「傾聴」、「質問」、「承認」、「フィードバック」です。それぞれの技術をみていきましょう。

傾聴

傾聴(けいちょう)は、しっかり聞くことです。漢字が表しているように、相手に傾きながら聴きます。「聞く」ではなく「聴く」です。コーチの頭の中を覗いてみると、相手が発する言葉を聴くだけでなく、その背景まで読み取ろうとします。

たとえば、コーチングの練習でよく聞くテーマが「片付けができない」や「ダイエットが続かない」です。ずばり「片付けましょう」や「おかしを食べるのを止めましょう」と言いたくなりますが、プロのコーチは問題そのものではなく、その言葉の裏側を考えます

コーチ: 「今日、何か話したいことはありますか?」

クライアント: 「そうですね。片付けができなくて困っています」

コーチの心の中: (この人は片付けができないことで悩んでいるのか。すぐ片付ければいい気もするけど、なぜこの人は「片付けができない」と考えているのだろうか? そうしてしまう状況や環境があるのだろうか? できないと思いこんでしまうなにかがあるのだろうか?)

聴くことの難しさを学ぶなら、相手と二人一組になって、5分間聴き続けるトレーニングを試してみるといいでしょう。思った以上に聴くことが難しいと感じるはずです。ついつい話をしてしまいがちですが、コーチングの8割は聴く時間と言われたりします。

アジャイル開発の現場に置き換えて、傾聴について考えてみましょう。

スクラムマスターもアジャイルコーチも、教えるケースはもちろんありますが(ティーチングやトレーニング)、チームの自律性を考えると、チームで主体的に考えられるようなコミュニケーションを取っていく必要に迫られます。

よって、当初は経験やアイデア、基本や応用を語る時間が多くなるでしょうが、徐々にコーチング的な関わり方を増やし、「よく聴く」時間が増えてくるはずです。積極的に聴くことで、状況を理解し、選択肢の整理ができます。積極的に聴くことで、チームメンバーが自律的に話すように変わっていきます。

もし、スクラムマスターやアジャイルコーチがいる現場において、1年ぐらい経ったのに、彼らがとうとうと知識や経験を語っていれば注意が必要です。なぜなら、スクラムマスターやアジャイルコーチが、チームの自律性をうばっている可能性があるからです。

質問

質問例

質問によって相手は内省をはじめます。良い質問は相手を深く考え込ませ、彼らの中にあるポテンシャルを引き出していきます。ここでは、質問やその例の概要をまとめておきます。

  1. 視点を変える質問: 自分たちの視点に凝り固まってしまったときは、視点を変える質問によって、より大きな視点や、違った視点に切り替えることで、議論の幅を広げていきます。
  2. 時間を変える質問: 自分たちのいる時間軸にしばられてしまったときは、時間を変える質問で、過去や未来にタイムトラベルを行い、それぞれの時間軸で問題を考え、新しい発見を得ようと試みます。
  3. リソースを確認する質問: 自分たちの力量に限界を感じたら、リソースの確認によって、自分たちに使えるリソースを考えます。リソースとは、詳しい方とのつながり、お金、時間、環境など、チームが使えるものすべてを指します。
  4. オープンな質問とクローズドな質問: 広くアイデアを集めるならオープンな質問が良いでしょう。オープンな質問は答えが複数になる質問です。逆に、議論が発散した場合は、選択肢の中から選ぶようなクローズドな質問も使えます。
  5. チャンクダウンとチャンクアップな質問: 大きな問題は小さく分割すると物事を進めやすくなります。逆に小さすぎる問題は、すこし大きく組み立ててから考えると扱いやすくなるかもしれません。

アジャイル開発の現場では、良質な質問が飛び交います。発想やアイデアを広げたり、より最適な解決策を見つけたり、行動の源泉に結びつけるために質問を活用するのです。

承認

承認とは認めることです。コミュニケーションにおける承認とは、相手の話を受け入れ、認める行為を指します。承認にはいろんな方法があります。

「おはようございます。◯◯さん」

「ふんふん。なるほど」

「◯◯さんは、そう思ったんですね」

「目標を達成しましたね」

「つまり、〜〜だったんですね」

あいさつはわかりやすい承認方法です。あいさつするだけでなく「◯◯さん」と相手の名前を呼びかけるのも承認につながります。あいづちも承認です。「〜だったんですね」、「〜をしましたね」と相手の話を復唱したりする行為や、「つまり〜なんですね」といった要約する行為も、承認になります。

承認がない会話は、一方通行になりがちです。話している相手も「この人、私の話を聞いてくれているのかな?」と不安になってきます。コーチは傾聴とあわせて承認を加えることで、相手に「ちゃんと聴いてますよ〜」という反応を送り続けます。

承認は共感を生み出します。コーチングはあくまでクライアントとのパートナーシップ(1on1のような上下関係がない)なので、共感が生まれないと信頼関係に繋がりません。

アジャイル開発の現場における承認はどういったものになるでしょうか?

まず、スクラムを利用していれば多種多様なイベント(MTG)が開催されます。ソフトウェア開発の仕事ではチーム力が求められるため、コミュニケーションは避けて通れないイベントと言えます。イベントの中で気軽にアイデアを話しても、反応がなければモチベーションは下がります。次、また意見しようと思う人は少ないはずですよって、可能な限り、お互いに承認を繰り返していく必要があります。

承認はコミュニケーションが主体になるソフトウェア開発において、重要なスキルなのです。

フィードバック

最後はフィードバックです。承認とセットで語られるケースもありますが、ただ受け入れる承認とは違い、相手に何かを伝えるフィードバックとして、ここではわけて解説します。フィードバックは、いわゆる承認を超えた反応になります。ふんふんと受け入れるだけでなく、相手に言葉を渡します。

「今の話を聞いて、感じたことを話してもいいですか? 私は〜〜と思いました」

ファシリテーションでも解説した「提案と質問を組み合わせる」形に似ています。コーチングにおいて、フィードバックを受け入れるかどうかは相手が選びます。よって、伝え方にも注意が必要になり、伝え方を間違えると「コーチのアドバイス」になってしまい、コーチングの効果が期待できなくなり、相手も自分事として考えてくれなくなります。

承認で出てきた、「◯◯さんは、そう思ったんですね」や「目標を達成しましたね」もフィードバックの一種と言えます。「そう思ったんですね」という一言によって、今ここにある感情を確認できます。「目標を達成しましたね」という一言によって、相手の前進が明確になります。

ちなみに「目標を達成してすばらしいですね!」はコーチング観点だとあまりおすすめされないコミュニケーションになります。すばらしいかどうかはクライアントが決めることで、コーチが決めることではないからです。ただし、1on1など、部下の育成の場においては、「がんばろうね」といった一言が相手の背中を押すケースもあります。

今回は、コーチングの主要技術について解説しました。ファシリテーション技術とあわせて使うと、アジャイル開発やスクラムの現場が活性化されていきます。ただ、ファシリテーションもコーチングも、それぞれが独立したスキルになるため、アジャイル開発の全てに適応できるわけではありません。

あくまで「活用できる部分が多い」ことを理解しておかないと、コーチングの基礎的な部分を自分の都合よく間違えて解釈してしまい、期待した効果が得られなくなる問題が発生してしまいます。いわゆる「自分に都合の良いコーチング」です。

次回はコーチングの中で、もっとも難しく奥が深い「質問」について深掘りしていきます。

連載一覧

#イントロダクション:優れたスクラムマスターが絶対に言わないこと【連載初回、全文公開中】
あなたの提案はなぜ受け入れられないのか?|ファシリテーション技術-1-
よりよい場を作るための9つのルール[前編]|ファシリテーション技術 -2-
よりよい場を作るための9つのルール[後編]|ファシリテーション技術 -3-
コーチング技術 〜 基本技術を学ぼう|コーチング技術 -1-
コーチング技術 〜 質問力を高めよう|コーチング技術 -2-
上級者が活用する質問例|コーチング技術 -3-
実践1on1[1] 〜 簡単だけど難しい1on1
実践1on1[2] 〜 コミュニケーションの方法を使い分けよう!
実践1on1[3] 〜 相手に合わせたコミュニケーション方法とは?
実践1on1[4] 〜 実例をもとに1on1をレベルアップ
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SQRIPTER

藤原 大(ふじはら だい)

スーパーアジャイルコーチ、株式会社せかい 代表取締役

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スーパーアジャイルコーチ、エンジニアリングマネージャ、『リーン開発の現場』の翻訳者のひとり。創造的、継続的、持続的なソフトウェア開発の実現に向けて奮闘中。週末に娘と息子とお昼寝しながら世界のビーチや離島を旅する夢を見る。

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